提言・オピニオン

住まいの貧困はどのように拡大したのか~札幌講演録②

提言・オピニオン

※2月1日に札幌で行なった講演要旨の2回目。初回はこちらです。

「孤独死」から「孤立死」へ、そして貧困拡大を見過ごした日本社会~札幌講演録①

 

「ネットカフェ難民」、そして「派遣切り」

私たちは94年から、最初は、野宿の人たちの支援を始めまして、その後、2000年代に入ってからは、路上生活の方だけではなく、路上生活の「一歩手前」の状況にある方々、ネットカフェや24時間営業のファーストフード店などに寝泊まりしていたり、友達の家を転々としている若者たちが増えているということに気づきました。

〈もやい〉は、最初にメールで相談があった、ネットカフェに住んでいる若者からメールで相談が来たのは、2003年の秋のことです。
当時は本当にびっくりしました。路上生活の人たちは夜回り(パトロール)や炊き出しなど、こちらから会いに行かなければ会えない人たちなのですけれども、ネットカフェに暮らしている若者はネットカフェでインターネットを使えるのです。自分でネット検索で〈もやい〉を探し出して、アプローチをしてくるというのは非常に驚きで、そうした新しい形の貧困が広がっているということに徐々に気づきました。

2004~05年には、20代、30代の若者たちが、生活に困窮して相談に来るという状況は珍しくなくなり、2007年には、「ネットカフェ難民」という言葉が、テレビのドキュメンタリー番組を通して、流行語にもなる状況が生まれてきました。
そして、2008年の年末、「派遣切り」の嵐が吹き荒れ、日比谷公園では、「年越し派遣村」が行われたことを覚えている方も多いかと思います。

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リーマンショックの前後は、本当に、てんてこ舞いの状況があり、多いときに月に200人の方が、全国から、まさに、「駆け込み寺」のように駆け込んでいらっしゃる状況がありました。

例えば、栃木県のキャノンの工場で派遣切りされた方や愛知県豊田市のトヨタの工場で派遣切りされた人などが相談に来ました。その人たちの多くは派遣会社が用意していた寮に暮らしていた。そのために、仕事と住まいを同時に失って、東京に行けば何とか次の仕事が見つかるのではないかということで、東京を目指して来られる。しかし、結局、所持金も尽き、ホームレス状態になって、私たちの事務所に相談に訪れるという方がたくさんいました。

一時期、私たちはスタッフの間で「野戦病院のようだ」と言っていたのですが、一番多い時で一日に50人以上の方が相談に来られたこともありました。

その後、若干、相談件数は落ち着きましたけれども、ここ2,3年は、年間900件から1千件くらいの相談を受けています。
これは、面談、実際にお会いして相談するだけでして、メールでの相談や、電話で相談を含めますと、一年間で3000件くらいの相談を受けているということになります。

 

若者たちの貧困の実態

年間約1千件の相談のうち、約3割の方々が30代以下です。なかには18才、19才の方が相談に見えるという状況もあります。18、19、あるいは20代前半で、ホームレス状態になるほど生活に困窮することは、なかなか、皆さん、ご想像がつかないかもしれませんが、実はこうした若者たちの多くが児童養護施設の出身者です。

親から虐待を受けてきた、あるいは、親が貧困状態にあって養うことが出来ない、そのために、施設で暮らせざるを得ない子どもたちがたくさんいます。ところが、日本の児童福祉では、18歳までは施設で保護してくれるのですが、基本的には、そこから先は、自分で自立しなければなりません。

また、日本は公的な給付型奨学金がないために、こうした子どもたちはなかなか大学に行けない。そのために、高校中退や高卒で社会に出ないといけない人がたくさんいます。
今、大学を出ても就職が厳しいという状況の中で、施設出身の若者たちが、高校中退、高卒で働こうとしても、なかなか安定した仕事に就くことができません。

多くの場合、工場の住み込みのような仕事に就くわけですけれども、そこの工場がつぶれてしまえば、もう、戻るところがありません。親が、経済的に余裕があれば、生活に困窮したら親元に戻るという選択肢を選ぶことが出来るわけですけれども、こうした施設出身の子供たち、あるいは、貧困家庭の子どもたちは、親に余裕がない、あるいは親から虐待を受けてきたという背景があるために戻る場所がないわけです。そのため、住み込みの仕事がなくなって住むところもなくなると、一気に、ホームレス状態になってしまいます。そうした若者たちも、たくさん私たちの所にたくさん来ています。

女性の相談もじわじわと増えてきており、以前は、全体の1割以下だったのですが、最近では、15%から2割くらいまで増えてきています。なかには、お一人ではなくて、二人世帯、ご夫婦でネットカフェで生活しているとか、親子で、車中生活をしているという状況もあり、貧困が様々な年齢層、様々な世帯の方々に広がってきているということを日々痛感しています。

私たちは、お一人ずつお話をうかがって、その方の生活状況の聞き取りを行います。そして、必要に応じて、生活保護の申請同行、一緒に窓口までついて行く活動も行なっており、年間200件ぐらい申請の同行をしています。

 

脱法ハウスの実態

若者たちの貧困については「ネットカフェ難民」という言葉が広く知られていますが、昨年から知られるようになった問題として、「脱法ハウス」という問題があります。これは特に、東京などの大都市圏で広がってきている問題です。

都市部ではアパートの入る際の初期費用(敷金、礼金、不動産手数料、火災保険料、保証料等)が高額で、東京では一般のアパートに入ろうとすると、20万から30万円くらい用意しないとアパートに入れない状況があります。アパートの入る際の最初のハードルが非常に高いのです。

それをクリアできない人たちがネットカフェで寝泊まりしたり、最近では、「脱法ハウス」といわれるような物件に暮らしています。

何が「脱法」なのかと申しますと、こうした業者の多くは、「共同住宅」ではなくて、「貸し倉庫」とか、「レンタルオフィス」という名前で人を集めています。というのも、「住宅」というふうに名付けてしまうと、住宅に課せられる建築基準法や消防法による様々な規制があります。窓をきちんと作らなければいけないとか、あるいは、部屋と部家の間の壁を、いざ火事が起こったときに耐えられるような素材にしないといけないといった規制がかかってしまう。その規制をのがれるために、「脱法」するために、「ここは住まいではなくて貸倉庫です。レンタルオフィスです」という名目で人を集めて、事実上、そこに人を住まわせる、という形態を取っています。

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ちなみに、東京でこの写真の物件、おいくらだと思いますか。この物件、一人で暮らした場合、月5万5千円です。右に2段ベッドがありますけれども、2段ベッドで上下で暮らすと、一人あたり2万8千円、二人で5万6千円。決して家賃自体は安くはないのです。

むしろ、こうした「脱法ハウス」というのは、床面積あたりの家賃では、一般の3倍くらいになっています。ですが、アパートの初期費用が払えない人たちがたくさんいるために、こうした人々をターゲットにした「貧困ビジネス」が広がってきているという状況があります。

 

ハウジングプアの全体像

これらの問題は、「ネットカフェ難民」とか「脱法ハウス」とか、色々な名前がつけられていますけれども、私は、全てをひっくるめて、住まいの貧困、「ハウジングプア」と呼んでいます。日本では残念ながら、「ホームレス」という言葉が、屋外にいる人たち、路上とか公園とか河川敷にいる人たちだけが「ホームレス」と呼ばれています。そのため、屋内のネットカフェや24時間営業のファストフード店にいる方、脱法ハウスにいる方は、行政の定義上、「ホームレス」ではないと定義されてしまいました。

 

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これがボタンの掛け違いの始まりでして、実際は、ネットカフェにいる方も、お金が無くなれば路上に行くし、路上で、例えば、ビッグイシューを売っている方も、その日売り上げが得られれば、ネットカフェに泊まります。この図の逆三角形の上と下を行ったり来たりしているのです。ですから、屋外にいる人たち、「見えやすいホームレス」、「見えるホームレス」だけを見ていても、問題の全体像はわかりません。ご本人の視点にたって、不安定な居住形態の全体をとらえる必要があると考えています。

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この問題を私は、「『ワーキングプア』であると同時に、『ハウジングプア』でもある。」と、表現しています。「ワーキングプア」という言葉は、皆さんよくご存じかと思いますが、日本の場合、最低賃金が非常に安い、そのために、なかなか働いていても、年収が200万円以下という方々が、全国で1000万人以上いらっしゃいます。

しかも、今、非正規で働いている人が働いている人全体の35.2%にまで増えています。この背景には、1999年と2003年に、二度にわたり労働者派遣法を改正して、派遣労働を広げてしまったという問題があります。今また、安倍政権下で、派遣労働を広げようというような動きが出てきていますけれども、そうなってしまうと、益々、「ワーキングプア」の人たちが増えてしまいかねないと思います。

「仕事」と「住まい」というのは、親からの仕送りを当てに出来ない低所得者にとっては、毎月働いてお金を稼いでそこから家賃を払う、「仕事」を得ることで「住まい」を確保するという車輪両輪のような関係になると思います。

しかし、この20年間に、日本の社会で起こってきた変化は、いくら仕事をしても生計を維持できない。そのために、安心して暮らせる住まいを確保することすらできない。つまり、「『ワーキングプア』であるが故に、『ハウジングプア』でもある。」という状況が、本当に多くの人たちに広がってしまったのだと思います。

そうした状況は、90年代には日雇いの建築現場で働いている50代、60代の「ホームレス」の人たちだけの問題だったかもしれないけれども、それが今は、20代、30代の人たちも含めて、多くの人たちの状況になってきました。

次に、そうした貧困状態にある方々に対してどのような支援策があるのかを、考えてみたいと思います。

「孤独死」から「孤立死」へ、そして貧困拡大を見過ごした日本社会~札幌講演録①

提言・オピニオン

※2014年2月1日(土)に札幌市教育文化会館で開催された講演会「どうなるか?生活保護『改革』-札幌白石姉妹孤立死から2年-」(主催:生活保護制度を良くする会、反貧困ネット北海道)の講演要旨を数回に分けて掲載します。

 

ご紹介にあずかりました、稲葉です。本日はよろしくお願いいたします。 札幌市白石区で、姉妹が孤立死をされて2年が経ちました。この場をお借りして、お二人のご冥福をお祈りするとともに、こうした悲劇を忘れずに、今回の集会を企画された皆さんに、心から敬意を表したいと思っております。

 

バブル崩壊後の新宿の状況

 

私は、1994年から、東京の新宿を中心に、当初は路上生活者の方々の支援活動、その後は、路上生活者に限らず幅広い生活困窮者の支援活動に関わってまいりました。 ちょうど今日は2月1日ですけれども、私が当初、新宿の路上生活者のコミュニティ、通称「新宿ダンボール村」に初めて足を踏み入れたのが、今からちょうど20年前の1994年の2月になります。   当時私は、大学院生で、「ホームレス」と言われる人たちに出会ったのですけれども、最初にびっくりしたことは、路上でバタバタと人が亡くなっているという現実でした。

 

当時は、バブル経済が崩壊して、長期の不況、現在まで続く「失われた20年」と言われるような不況に突入した最初の時期でした。

 

そして、真っ先に、日雇いの建築現場で働いてこられた方、新宿など各地の高層ビルの建築などに従事してきた日雇いのおじさんたちが、真っ先に、野宿に至ったという現実がありました。   何人もの路上生活者の方々のお話を聞いたんですけれども、中には、「あっちのビルも、こっちのビルも俺が造ったんだ」、という話をされている方もいらっしゃいました。自分が建築に従事した高層ビルの軒下で、路上生活をしていることが珍しくないという状況がありました。

 

そうしたおじさんたちの話というのは非常に楽しかったのですけれども、夜、特に、こうした寒い日の夜に、野宿の人たちに声をかけて歩くと、凍死寸前、餓死寸前という方に出会うということがしょっちゅうありました。

何日もごはん食べてないとか、冬の寒いときに毛布一枚で凍えている、というような方にお会いして、そのたびに、救急車を呼んで搬送してもらうのですが、次の日に病院にお見舞いに行ったら、もう亡くなられている、ということが何度もあったことを覚えています。 そうした路上死は病名がつかない場合も多いのです。例えば、「低体温」とか、「低栄養」という病名、つまり、凍死、餓死で亡くなる方も何人もお会いしました。

 

マスメディアの冷たい対応

 

当時、新宿に、多くはなかったのですけれども、マスメディア、新聞やテレビの記者たちの方が取材に来ることがありました。私はその人たちに対して、「ここで人が亡くなっているんだ」「その状況をきちんと報道してほしい」ということを何度もお願いしました。

 

ただ、当時は今以上に、生活に困窮している方、特に、ホームレスの方に対する差別や偏見というものが非常に強くて、ともすれば、「あの人たちは好きでやっている」という見方をされていました。そのため、良心的な新聞記者やニュースのレポーターの方がホームレス問題を取り上げようとしても、上層部がなかなか、「うん」と言ってくれないという状況がありました。

 

よく議論をしていた、ある記者の方は、本当にご本人もつらそうにおっしゃっていたのですが、「家のある人が餓死すればニュース価値があるということになるんだけれども、家のない人が餓死しても、なかなか、ニュース価値があることにならないんですよ。」と心情を吐露されていたのを覚えています。   私はそのとき、家のない人たち、住まいのないホームレスの人たちが、路上で餓死や凍死をしていく状況を放置していれば、いつか私たちの社会は、家のある人も次々と倒れて亡くなっていく、孤立死していく、そういう社会になっていくのではないかと思ったことを覚えています。

 

「孤独死」から「孤立死」へ

 

その後、私たちはずっと貧困の現場で支援活動をしてきましたけれども、貧困の拡大のスピードは徐々に拡大し、今まさに、家のある人たちも餓死する、凍死するという状況が出てきています。

 

一昨年(2012年)、札幌の姉妹孤立死事件を皮切りに、全国で、餓死、孤立死が相次ぎました。特徴的だったのは、一人世帯の「孤独死」だけではなくて、二人以上の複数世帯の「孤立死」が出てきたということです。

 

「孤独死」という言葉が、いつからか、「孤立死」という言葉に変わったことに気づいている方もいるかもしれません。「孤独死」というのは、特に、ご高齢の単身者が倒れて亡くなるのが「孤独死」だったわけですけれども、札幌の白石区のケースでは、40代の姉妹の方がお二人とも亡くなられた。あるいは、各地で、「老老介護」をされている親子の方、60~70代のお子さんが倒れて、その後、80~90代の親御さんが衰弱して亡くなる、そのため、二人が亡くなったまま発見されるという事件が相次ぎまして、「孤立死」という言葉が、新たに生まれました。

 

グラフから見える餓死者数増加

 

その頃、産経新聞に、こうした記事が載りました。実は厚生労働省で、毎年、人口動態統計という統計を取っています。1年間に、日本国内で、どれぐらいの方々が出生して、どれぐらいの方々が亡くなられているかを調べており、亡くなられている方の死因別統計も出ています。 その死因別の統計の中で、死因が「食糧の不足」、つまり、ご飯が食べられなくて亡くなった方、つまり餓死者数をピックアップして作ったのがこのグラフになります。

 

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ただ、気をつけていただきたいのは、私自身、餓死された方々を路上でみてきましたけれども、必ずしも、すべての方の死因が「食糧の不足」になっているわけではない、ということです。ご飯を何日も食べてない状況に置かれている方の中には、内臓疾患などを患っている方も多く、死因に別の疾患名がつくこともあります。

 

そのため、このグラフ自体が氷山の一角だと見ていただければいいかと思うのですが、それでも、明らかな傾向というものが見えるかと思います。 このグラフは、1981年から2010年までの時系列の変化を表していますが、前半と後半で、これは「本当に同じ国の社会なのか」という変化が起こっています。

 

1981年から1994年まで、日本国内で餓死される方の数は、平均で17.6人でした。非常に少ない数だったわけです。ところが、1995年から急増します。

 

1995年というのは、ちょうど私が新宿で路上生活者支援を始めた次の年で、全国的に、路上生活者の数が急増した時期になります。その年、全国の餓死者数は一気に、前年の3倍近い58人になります。そして、96年には81人という数を記録します。

 

その後も、非常に高い数字を記録し続けまして、実は、日本の社会で、一番、年間餓死者数が多かったのは、2003年の93人ということになります。   この頃は、思い出していただければと思いますが、ちょうど、小泉さんの時代で、「日本の景気が良くなってきたぞ」といわれていた時期で、ちょうど、今と似たような時期になります。

 

この頃から、日本は、「いざなぎ越え」と言われる戦後最長の好景気、数字の上では、非常に長期の景気回復期に入ったと言われています。しかし実は、その時期に一番、餓死者数が多かった。このことは、今、「アベノミクス」と言われる経済政策を考える上でも、非常に象徴的な出来事ではないかと思っています。

 

その後、餓死者数は減少傾向になっていきます。特に2006年頃から減ってきているのですが、これは、おそらく全国各地で、私たち〈もやい〉を含めて様々な支援団体や法律家のグループが、生活保護の申請支援を行う、申請に窓口まで付き添って「水際作戦」を防ぐという活動が広がってきた結果、餓死に至らず生活保護につながる方が増えてきた結果ではないかと推測しています。

 

貧困拡大を見過ごした日本社会、出遅れた貧困対策

 

この30年間のグラフの中で、後半についてみますと、1995年以降、一年間で餓死されている方は、平均で、67.75人ということですから、実に、6日、7日に一人の割合で、日本国内のどこかで、餓死者が出ている、統計に出てこない方も含めれば、もっともっと多くの方が餓死しているというのが、今の日本の状況です。

 

このグラフを見る度に、私は、本当に、忸怩たる思いなってしまうのですけれども、私たちが、ちょうど20年前から「貧困が広がってきている」、特に「ホームレスの人たちの命が奪われている」ということを、折に触れ、色々なところで言ってきたにもかかわらず、なかなか、そのことが、社会全体に伝わらなかった。その結果、これだけ貧困が拡大してしまった。

 

この餓死者数の統計自体、当時から、マスメディアが注目していれば、もっと早い段階で報道がなされたはずで、そうであれば、もっともっと早い段階で貧困対策がなされていたかもしれない、私たちの社会は、この貧困の拡大に気づくのに、十数年以上遅れてしまった。本当にスタートラインから出遅れてしまったと、このグラフを見るたびに感じています。

その2はこちら

国立競技場建て替え問題:まず聴くべきは地域住民の声では?

提言・オピニオン

さまざまな議論を呼んでいる国立競技場の建て替え問題。

本日5月28日、日本スポーツ振興センター(JSC)は新国立競技場の基本設計を明らかにしました。

建設通信新聞:新国立競技場の基本設計パースと模型がついに明らかに!!
http://kensetsunewspickup.blogspot.jp/2014/05/blog-post_28.html

新国立競技場については、デザイン・コンペを勝ち抜いたザハ・ハディッドの案に対して、「神宮外苑の歴史的な景観を壊す」、「建設費用がかかり過ぎる」、「積雪の重みに耐えられないのではないか」といった疑問の声が建築家らからあがり、2014年3月末に完了する予定だった基本設計がこの間、延期されてきました。

5月12日には、建築家の伊東豊雄さん、人類学者の中沢新一さんらが都内で記者会見を開催。
会見では、伊東豊雄さん設計の改修案が発表され、客席の増設やレーンの拡張をすれば、改修で十分対応できるとの主張が広がっています。

Our-Planet TV:伊藤豊雄氏「半額で工事できる」国立競技場の改修案発表
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1787

日本建築家協会(JIA)も5月23日、国立競技場の解体工事に着手しないよう求める要望書を東京都知事と文科大臣、JSC理事長宛てに提出しています。

日経アーキテクチュア:日本建築家協会、国立競技場の解体延期を要望
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK26014_W4A520C1000000/

私も、こうした専門家の意見に関係者が耳を傾け、国立競技場を建て替えるのではなく改修で対応すべきだと考えます。

私がそう考えるのは、景観やコストの問題もありますが、何よりも建て替えで競技場が巨大化することにより、周辺住民が立ち退きをせざるをえなくなるからです。
建て替えが人々の暮らしに直接影響を与えるという点も、もっと考慮されるべきだと考えます。

新国立競技場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建て替え案では競技場の敷地が拡大。現在、競技場の南にある明治公園のエリアも呑みこまれてしまいます。

そのため、明治公園が押し出される形で、地図のA-3地区の場所に「再配置」されることになっています。
A-3地区はイベントなどの際、「歩行者の滞留空間となるオープンスペース」と位置付けられています。この場所に現在あるのが、都営霞ヶ丘団地です。

東京都は都営霞ヶ丘団地を除却し、そこに住んでいる住民を都内の複数の都営住宅に移転させる計画を進めています。
競技場が巨大化することで、玉突きのように都営住宅に暮らす住民が追いやられてしまうのです。

すでに昨年から、「早期移転」という名称で新宿区内の別の都営住宅への移転が始まり、数十世帯が転居。残る約150世帯についても順次、移転を進めていく予定です。

移転先に予定されている都営住宅には、福島から避難している方も暮らしています。そのため、避難者への住宅支援を打ち切って、そこに霞ヶ丘から移転する人を入居させるのではないか、とも噂されています。そうなれば、さらに「玉突き」が起こることになります。

 

先日、私はこの都営霞ヶ丘団地を訪問し、数人の住民の方と話をしてきました。

住民の方によると、2012年7月、突如として「移転していただかないとならないことになりました」とのチラシがまかれて、立ち退きを知らされたとのこと。
その後、東京都やJSCによる説明会が開催されましたが、いずれも一回ずつで、その内容も決定事項を伝えるものに過ぎなかったと言います。

霞ヶ丘団地を新競技場の関連敷地とする、というJSCの決定は、都営住宅を管理する東京都都市整備局にすら事前に知らされていませんでした。

霞ヶ丘団地に暮らしている住民の中は、1964年の東京オリンピックに伴う都市開発にからみ、周辺地域から移転してきた、という経験がある人もいます。
その人たちは、一生のうちに二度もオリンピックのために立ち退きを強いられることになるのです。

「別の都営住宅が用意されるから、問題ないのではないか」と考える方もいるかもしれませんが、住民の6割は65才以上の高齢者であり、80代以上の方も少なくありません。
高齢者にとって、住み慣れた地域を離れ、コミュニティが解体されることは心身ともに大きな負担になります。

また、国立競技場や明治公園周辺には路上生活をしている人もたくさんいます。建て替えに伴い、この人たちも排除されてしまうでしょう。

折りしも、6月12日からブラジルで開催されるFIFAワールドカップでも住民の立ち退きが問題になっています。
サッカー好きで知られるブラジルですが、今は「ワールドカップに多額の予算を費やすより、福祉や住宅など人々の暮らしのためにお金をまわすべきだ」と大規模イベントへの抗議行動が広がっています。

オリンピックやワールドカップなどの大規模スポーツイベントを招致することにより、住民を追い出し、都市の再開発を強行していく。
そうした開発手法に対する批判は国際的にも高まっています。

国立競技場とその周辺地域を今後、どうしていくのか。
そのことを考える際に、ぜひ「そこに暮らしている人の視点」を忘れないでいただきたいと願います。

 

※6月14日(土)に開催する「住まいは人権デー」のイベントでも、大規模スポーツイベントと「住まいの貧困」の関連について一緒に考えていきます。是非、ご参加ください。

6月14日(土)2014年 「住まいは人権デー」ミーティング &パレード
http://inabatsuyoshi.net/2014/05/21/253

 

※「反五輪の会」による聞き書き。住民の方の思いや団地での暮らしぶりが詳細に語られています。ぜひご一読ください。

都営霞ヶ丘アパート住民Jさんが語る「霞ヶ丘町での暮らし」(前編)
http://hangorin.tumblr.com/post/79559426423/j

都営霞ヶ丘アパート住民Jさんが語る「霞ヶ丘町での暮らし」(後編)
http://hangorin.tumblr.com/post/81200081549/j

福井地裁判決と自民党改憲草案~「人格権」はどこに行くのか?

提言・オピニオン

「司法は生きていた」

5月21日、福井地裁は大飯原発3、4号機の運転差し止めを求めた住民の訴えを全面的に認め、関西電力に対して「原子炉を運転してはならない」との判決を出しました。

3・11以降の原発差し止め訴訟で初めての判決になります。

大飯原発3、4号機運転差止請求事件判決要旨
http://www.news-pj.net/diary/1001

判決文の中で印象的なのは、「人格権」という言葉でした。

判決は「生存を基礎とする人格権が公法、私法を間わず、すべての法分野において、最高の価値を持つ」ことを指摘した上で、人格権について以下のように説明しています。

「個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。」

その上で、判決は福島第一原発の事故の教訓を踏まえて、原発に求められる安全性を検討。

「人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき、その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。」として、差し止めを認めました。

判決は、人格権の憲法上の根拠を憲法第13条と第25条に求めています。
改めて「個人の尊重」を定めた憲法第13条を見てみましょう。

憲法第13条:すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

ここで私が思い出したのは、自民党が2012年4月27日に発表した「日本国憲法改正草案」です。

 

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日本国憲法改正草案(PDF)
https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf

この改正草案では、第13条は以下のように変わっています。特にポイントになる箇所を【 】で囲んでみました。

第13条 全て国民は、【人】として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、【公益及び公の秩序に反しない限り】、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

「個人」から「人」へ。
「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」へ。

自民党は、「日本国憲法改正草案 Q&A」 の中で、「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に改めた理由を以下のように説明しています。

 

自民党「日本国憲法改正草案 Q&A」 (PDF)
https://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf

従来の「公共の福祉」という表現は、その意味が曖昧で、分かりにくいものです。そのため、学説上は「公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない」などという解釈が主張されています。しかし、街の美観や性道徳の維持などを人権相互の衝突という点だけで説明するのは困難です。

今回の改正では、このように意味が曖昧である「公共の福祉」という文言を「公益及び公の秩序」と改正することにより、その曖昧さの解消を図るとともに、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにしたものです。

「公の秩序」と規定したのは、「反国家的な行動を取り締まる」ことを意図したものではありません。「公の秩序」とは「社会秩序」のことであり、平穏な社会生活のことを意味します。個人が人権を主張する場合に、人々の社会生活に迷惑を掛けてはならないのは、当然のことです。そのことをより明示的に規定しただけであり、これにより人権が大きく制約されるものではありません。

 

私は憲法を専門的に勉強したことがないので、はっきりしたことは言えないのですが、自民党の改憲草案は、「人格権」よりも「社会秩序」の方が上位にあると言っているように見えます。

自民党の改憲草案が実現してしまい、人格権が「すべての法分野において、最高の価値を持つ」という法の秩序自体が変えられてしまえば、裁判所が人格権を根拠に原発の差し止めを認める、ということ自体が非常に困難になってしまうのではないでしょうか。

「社会秩序」の維持のためには人格権の侵害も甘受すべき、という論理のもとに、憲法が書き換えられてしまえば、原発だけでなく軍事基地や大規模開発、公害などをめぐる裁判でも同様の論法がまかり通ってしまうことになります。

自民党の改憲草案については、すでに多くの方が危険性を指摘していますが、あらためて「人格権」という観点から批判を加えていく必要を感じました。

 

認知症を悪化させる介護サービス削減法案は廃案に!

提言・オピニオン

5月21日、参議院本会議で前代未聞の珍事が起こりました。
国会議事堂

田村憲久厚生労働相が医療・介護総合法案の趣旨説明をおこなう際、厚労省が議員に配布したペーパーに他法案の資料が紛れ込むミスが発覚。
この日の法案審議はストップしました。

以下は東京新聞の記事です。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014052202000141.html

厚労省ミス 質疑できず 介護サービス削減法案

2014年5月22日 朝刊

 参院本会議で二十一日、介護保険サービスの削減を柱とする地域医療・介護総合確保推進法案の趣旨説明を田村憲久厚生労働相が行った際、厚労省が出席議員に配った法案説明の文書にミスがあると判明。野党が反発し、予定されていた安倍晋三首相らへの質疑に入れないまま散会した。

 文書は「第一に」「第二に」と順番に法案内容を説明しているが、「第一に」との段落が二回現れる。厚労省によると、二回目は昨年末に成立した社会保障制度を見直すプログラム(工程)法の内容。担当職員がパソコン上で工程法の説明に法案の説明を上書きした後、不要な部分を削除し忘れた。

 今国会に提出した同省所管の労働者派遣法の改正案でも、行政機関の命令に応じなかった派遣事業者への罰則に関し「一年以下の懲役」とするべき条文を「一年以上」と間違えた。

 田村氏は本会議後、参院議院運営委員会の理事会で陳謝。記者団に「単純ミスを繰り返すことは許されない。ミスがないように徹底する」と述べた。菅義偉(よしひで)官房長官は記者会見で、厚労省に注意したと明かし「誤りが二度とないよう緊張感を持って対応する」と述べた。

 民主党の榛葉賀津也(しんばかづや)参院国対委員長は国会内で記者団に「立法府をばかにした対応だ」と強調。日本維新の会の小沢鋭仁国対委員長も「(政府に)緩みが出ている」と指摘した。

 法案は二〇一五年四月から特別養護老人ホーム(特養)の新規入所者を原則として中重度の要介護3~5の人に限定。軽度の要支援1、2のお年寄り向けの訪問・通所介護事業は国から市町村に移す。一五年八月からは、一定以上の所得がある介護サービス利用者は一律一割の自己負担を二割に引き上げる。特養の入所者への居住費や食費の補助も縮小する。

 

この法案には様々な問題点がありますが、最もひどいのは、「要支援」の高齢者への通所・訪問介護を介護保険から外し、市町村事業に移すことです。

市町村事業になってしまえば、地域間の格差が広がり、財政力のない自治体では事業を継続することができなくなります。

多くの地域では結果的に、今までプロの介護ヘルパーがおこなっていたサービスを「家族や地域のボランティアに丸投げする」という状況が起こってしまうでしょう。

これでは、家族介護のために離職をせざるをえない人も増えかねません。

政府の責任を後退させ、家族に負担を押しつける、という方針は、生活保護法改悪における「扶養義務の強調」とも重なります。これも、「絆原理主義」の現れと言えるでしょう。

「要支援」というと、「そんなにサポートが要らないのでは?」と思う方もいるかもしれませんが、訪問・通所のサービスを受けることで、認知症が初期段階で済んでいる高齢者はたくさんいます。

「要支援切り」は、厚労省の進める認知症予防に逆行し、認知症の悪化を促しかねないのです。

「認知症の人と家族の会」は、4月に法案の一部撤回を求める6万人以上の署名を厚生労働省に提出しています。

この法案はすでに衆議院を通過してしまっていますが、野党には政府の事務的ミスをも利用してがんばっていただき、廃案に追い込んでもらいたいと思います。

 

【NHKへの手紙】貧困報道では生活保護に関する正確な情報提供をお願いします(下)

提言・オピニオン

NHK002この手紙の前半部はこちらです。

2012年11月19日にNHK教育で放映された『ハートネットTV』「シリーズ貧困拡大社会 見過ごされた人たち」では、生活保護基準以下で暮らさざるをえない人々の実態が取り上げられました。
この番組も、それまで一般に知られていなかった生活困窮者の状況を取材したドキュメンタリーとして評価しています。

しかし、この番組の中でも生活保護制度について誤解を与えかねないシーンがありました(この点については当時、番組あてにメールをしています)。
山梨県のNPOスタッフが、病気の母親と二人暮らしをしている51歳の男性の家庭を訪問して、話を聴く場面です。

 

【ナレーション】
さらに話を聞くと、市役所に生活保護の相談に行っていたこともわかりました。
しかし男性は健康な上、十分働ける年齢であると見なされ、申請することができませんでした。

【男性の証言】
窓口の人に「生活保護はだめだから職業訓練所を受けたらどう?」と言われたことがある

 

ここでも役所側の対応の問題点への言及はありませんでした。

「健康で働ける人はダメ」というのは典型的な「水際作戦」の手法です。
役所の違法行為の結果、男性とその家族が生活保護基準以下の困窮生活を強いられているのは明らかですが、その問題は看過されてしまったのです。

ここでも私は、その場面に「この役所の対応は違法です」という注意書きを文字で入れるべきだと思います。
テレビでは番組の一部だけを見る視聴者も多く、ここだけを見ると、健康で働ける人は生活保護を利用できない、という誤った情報が視聴者に印象づけられるからです。

近年、民放各社が国内の貧困問題を取り上げなくなる中、NHKが様々な角度から貧困問題を取り上げ、良質なドキュメンタリーを継続して放映してきたことを私は評価しています。
しかし、ドキュメンタリー制作に携わる皆さんには、貧困の実態を明るみに出すだけではなく、貧困をこれ以上悪化させないために行政をチェックするという役割を担っていただきたいと考えています。

ご存知のように、他の先進国に比較して日本の公的扶助制度の捕捉率は非常に低く、生活保護の要件がある人のうち実際に制度を利用できている人の割合は2~3割にとどまると推計されています。
その背景には、役所の「水際作戦」や制度に対する誤解、制度を利用することを恥ずかしいと思うスティグマがあります。
貧困問題を報道で取り上げるのであれば、こうした捕捉率を下げている要因を一つずつ取り除くための報道に取り組んでもらえればと心より願っています。

特に、生活保護を利用できていない生活困窮者の実態を報道する際、その人に対する福祉事務所の対応に法的な問題がなかったかどうか、生活保護などの社会保障制度に詳しい専門家にチェックしてもらう体制を作っていただきたいと考えています。

貧困の実態を取り上げるだけでなく、公的機関による違法行為を明確に批判し、制度に関する誤解やスティグマを積極的に解消していく。
そんな番組を私は見てみたいと願っています。

【追記】
1月27日にNHK総合で放映された『クローズアップ現代』「あしたが見えない~深刻化する″若年女性″の貧困~」の中で描かれた「水際作戦」については、厚生労働省からも「不適切」であるという見解が示されました。番組において、指導監督官庁からも明らかに「不適切」であるとみなされる対応の事例を紹介しながらも、その問題点の指摘がなかったことについて、重く受け止めていただきたいと思います。

【NHKへの手紙】貧困報道では生活保護に関する正確な情報提供をお願いします(上)

提言・オピニオン

NHKでドキュメンタリー番組制作に携わっている皆さんへ

1月27日(月)にNHK総合で放送された『クローズアップ現代』「あしたが見えない~深刻化する“若年女性”の貧困~」を見させていただきました。
今までマスメディアではあまり取り上げられなかった若年の単身女性やシングルマザーの貧困の実態を丁寧に描いた良質なドキュメンタリーでした。
しかし、番組中で生活保護制度に関して誤解を招きかねない表現があったことは看過できません。

番組ウェブサイトに掲載された放送内容の文字起こしから問題の部分を引用します。

【ナレーション】

この日も店には、小学生の子どもを育てる、30代のシングルマザーが、面接に訪れていました。
この女性は20代のころ、生活のために、一度風俗店で働いた経験がありますが、その後は別の仕事に就いていました。
去年、体調を崩して働けなくなり、生活保護を申請しましたが、生活状況を細かく調べるのに時間がかかると言われ、断念しました。
女性は、再び風俗の仕事に頼るしかなかったといいます。

【女性の証言】
シングルマザーの女性
「市役所にいくら通っても、申請するまで2か月かかるよ、3か月かかるよって。
待ってるわけにはいかないじゃないですか。だったらもう自分で働こうって決めて、気持ちだけですね。」

このナレーションの部分では、「生活保護を申請 時間かかり断念」というテロップが表示されていました。nhk01

しかし、一見してわかるように、生活保護を申請したが時間がかかるために断念した、という内容のナレーションやテロップと、「市役所にいくら通っても、申請するまで2か月かかるよ、3か月かかるよって(言われた)。」という女性の証言は矛盾しています。ナレーションやテロップでは申請したのにダメだったという印象を与えるのに対して、証言は申請の前の段階で足踏みをさせられたと述べているからです。

私たち、貧困問題に取り組むNPOは、全国各地の福祉事務所において生活に困った人を窓口で追い返す「水際作戦」が横行していると批判してきました。
その「水際作戦」の手法の一つに、生活保護制度に関する虚偽の説明をして、申請を断念させるという方法があります。
例えば、「住まいがないと生活保護を受けられない」、「働ける状態の人は受けられない」という虚偽の説明をして、相談者に「自分は生活保護を申請できない」と思いこませるわけです。
こうした場合、福祉事務所の面接記録の上では、「相談には応じたものの生活保護申請の意思は示されなかった」ということになります。

「生活保護の申請に時間がかかる」というのも、「水際作戦」で用いられる虚偽の説明の1つです。
生活保護の申請は、生活保護の申請書を記入して提出すれば済むことであり、「時間がかかる」ということはありえません。また、福祉事務所に対して口頭で申請の意思を表明しただけでも有効であると厚生労働省も認めています。

この女性は、「申請するまで2か月かかるよ、3か月かかる」という嘘を役所の担当者に言われ、生活保護の申請を断念させられたのでしょう。彼女は申請に至る前の相談段階で「水際作戦」にあったと考えられます。

この女性に対する福祉事務所の対応は明らかに違法な「水際作戦」ですが、番組内ではゲストの方が「このVTRのように、(生活保護の)申請を受け付けてもらえないというようなケースもあります。」と述べただけで、違法性に関する指摘はありませんでした。

私がこの点を問題にするのは、貧困問題を取り上げる番組の視聴者の中には、現在、生活に困窮している方や将来、生活に困窮する可能性のある方も多数含まれているからです。
そうした方々がこの番組を見た場合、「生活保護の申請に時間がかかる」という役所の説明を信じてしまい、生活に困窮しても生活保護制度は利用できないと誤解してしまうのではないでしょうか。
虚偽の説明を「嘘である」「違法である」と明示しないで放映してしまうと、結果的に制度に関する誤った認識を広めてしまうことになるのです。

もし私がこの番組の制作者であれば、ナレーションやテロップを女性の証言に沿った内容にした上で、「この役所の対応は違法です」というテロップを目立つように入れることでしょう。その上で、スタジオでも違法な「水際作戦」の問題点について詳しく説明をおこない、そうした違法行為にあった場合の相談窓口の連絡先をテロップで流します。
行政の窓口が虚偽の説明をした場合、その違法性を指摘して、同様の被害が広がらないようにすることこそ、報道機関の使命だと考えるからです。

なぜこのような番組構成になったのか、という点について、詮索をするのはやめておきます。
ただ、番組制作者の方に考えてもらいたいのは、せっかく貧困の実態に迫るドキュメンタリーを作ったとしても、生活困窮者が活用できる制度について誤解を与える内容が盛り込まれてしまえば、結果的に貧困を悪化させ、拡大させてしまうということです。

残念ながら、こうした傾向はNHKの他の番組でも見られます。(つづく)

稲葉剛「進行する住まいの不安定化~イラストで見る住宅問題」(下)

提言・オピニオン

前半はこちら

東京では、2010年にネットカフェ規制条例が制定されてしまい、防犯対策を名目に、ネットカフェに入店する際に免許証や住民基本台帳カードなどの身分証明を提示することが求められるようになりました。
そのため、ネットカフェに暮らしていた人の一部がネットカフェにすら泊まれない、という状況が生まれてしまいました。

2010年頃から、こうした人々をターゲットに、極端に狭い部屋を貸し出す業者が増えてきました。こうした部屋は「コンビニハウス」「押し入れハウス」などと呼ばれていましたが、2013年、毎日新聞が「脱法ハウス」という言葉で報道すると、この用語で知られるようになりました。

こうした物件の多くは名目上、「レンタルオフィス」や「貸し倉庫」という名目で人を集めて住まわせています。「ここは住居ではない」と言い逃れることで、建築基準法や消防法が住宅に対して求めている規制をすり抜けようとしているため、「脱法ハウス」と呼ばれているのです。

国土交通省ウェブサイトより「脱法ハウス」(違法貸しルーム)の例

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一部の「脱法ハウス」に対して消防庁から火災の危険性が指摘されたことを受け、2013年5月24日、東京の神田にある「脱法ハウス」で「6月30日で閉鎖する」という貼り紙が掲示されました。

入居者から相談を受けた「住まいの貧困に取り組むネットワーク」では、法律家とともに、立ち退きの停止を求める仮処分の申請を東京地裁に行い、その結果、立ち退き期限の延長と一部期間の家賃免除をかちとることができました。

この問題は国会でも取り上げられ、国土交通大臣が「脱法ハウス」であっても入居者の居住権は借地借家法で守られる、ということを明言しています。

立ち退き問題が起こった東京都千代田区の「脱法ハウス」

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2013年9月以降、国土交通省は「脱法ハウス」を「違法貸しルーム」と呼び、調査と規制に乗り出しています。
2014年2月末時点で、建築基準法違反の疑いのある全国の1801物件が調査対象になっています。そのうち、8割近い1391物件が東京都内に集中しています。

●違法貸しルームの是正指導等の状況について(平成26年3月25日)
https://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000470.html

私たちとしては、危険な物件に規制を行なうこと自体は賛成ですが、同時に入居者が適切な住まいに移れるための支援策も行なうべきだと考えています。規制だけが進めば、結果的に今住んでいる人たちが立ち退きにあい、路頭に迷うことになるからです。

「脱法ハウス」問題には、日本社会における住まいの貧困の問題が凝縮しています。
その背景には以下の要因があると考えます。

・民間賃貸住宅における高い家賃と初期費用
・ワーキングプア、失業者、外国籍住民等への入居差別
・民間賃貸住宅入居に際して、親族の連帯保証人を求める慣行の弊害
・家賃保証会社の協会が家賃滞納履歴のデータベースを作り、それが「ブラックリスト」として機能していること。
・追い出し屋被害の広がり

つまり、民間賃貸住宅が「入りにくく、出されやすい」構造になっていることが、最大の問題なのです。

また、行政による住宅セーフティネットも非常に貧弱なものです。
そもそも多くの自治体では、若年の単身者は公営住宅に入居する資格を持っていません。

2009年10月に始まった住宅手当制度(2013年度より住宅支援給付と改称)は、離職者に対して、ハローワークの指導を受けて求職活動を行なうことを条件に、一定期間、アパートの家賃分を補助する制度で、創設当初は私も大いに期待しました。
それまで民間の賃貸住宅に暮らす人びとに家賃分を補助する制度は生活保護以外になかったため、この制度が将来的に普遍的な家賃補助制度に発展することを期待したのです。

しかし、その後、使い勝手の悪さからこの制度の利用はほとんど進みませんでした。

住宅手当・住宅支援給付制度の実績

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利用者数が減少するにつれて、常用就職率が上がっているのは、窓口の段階で利用者を絞り込んでいるからだと考えられます。厚生労働省が「居住支援策」として制度を発展させることよりも、「再就職支援策」として制度を位置づけることを優先したため、就職率を上げるために入口を絞るという運用がなされてしまったのです。

こうした「住まいの貧困」の現状を一枚のイラストで示したのが、冒頭のさいきまこさんのマンガになります。もう一度、掲載します。
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このイラストでは、同心円の外側に行くほど住まいが不安定になっていきます。
一番外側にいる人たちが「中からは簡単に外にはじき出されるのに、外からは中に入れない」と叫んでいます。

住まいの不安定化を進行させる「遠心力」ばかりが働いて、内側に向かう「求心力」が存在しない。

一番外側にいる人たちにも、「ファストフード店からの排除」や「公園からの排除」という「遠心力」が働いています(以下の記事もご参照ください)。

田中龍作ジャーナル:「ホームレスお断わり」 マック難民はどこへ行くのか
田中龍作ジャーナル:渋谷区と警察、公園から野宿者を強制排除

住宅政策を根本的に転換し、外側にばかり向かうベクトルを180度変えていかないことには、住まいの貧困は解決しないと、私は考えています。

【参考資料】
住まいの貧困に取り組むネットワーク「脱法ハウス入居者生活実態調査報告書」
ビッグイシュー基金/住宅政策提案・検討委員会「住宅政策提案書」

稲葉剛「進行する住まいの不安定化~イラストで見る住宅問題」(上)

提言・オピニオン

2014年3月28日に東京弁護士会が開催したシンポジウム「不安定化する住まい-賃貸住宅の現状から」での稲葉剛の基調講演の要旨を掲載します。

さいきまこ画「不安定化する住まい」

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「追い出し屋」被害、公的住宅政策の問題、脱法ハウス問題、ホームレス問題…それぞれの問題がどのようにからみあって「住まいの貧困」を作り出しているかを描いています。

私は1994年からホームレス状態にある方々への支援活動をおこなってきました。
2001年には〈もやい〉を立ち上げ、路上生活者に限らず、幅広い生活困窮者の相談・支援を始めましたが、2004~05年から20代、30代のワーキングプアの若者の相談が増えてきました。

〈もやい〉に最初にネットカフェに暮らす若者からメールで相談が寄せられたのは、2003年の秋のことです。

「ワーキングプアの若者たちの中に、アパートに入居する際の初期費用(敷金・礼金など)を用意できず、ネットカフェで寝泊まりしている人が出てきている」という問題は、2007年、テレビ報道をきっかけに「ネットカフェ難民」という名称で知られるようになりました。
その背景には1999年と2003年の労働者派遣法改正により派遣労働が原則解禁となり、若年層を中心に非正規労働が広がったことがあります。

さいきまこ画「ワーキングプアとハウジングプア」

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このイラストは、漫画家のさいきまこさんに描いていただいたもので、「ワーキングプアであるがゆえにハウジングプア」になる、という状況を描いています。

「仕事」と「住まい」は人々の「暮らし」を支える2本の大きな柱ですが、不安定な非正規労働の広がりは、仕事をしても生活を支えきれない状況を生み出しました。

特に登録型派遣に象徴される細切れ雇用は、収入の不安定化を招きます。「ある月には15万円稼げたけど、翌月には5万円しか収入がない」というような状況になると、アパートの家賃も滞りがちになり、最終的には住まいを失ってしまうことになります。

そこに拍車をかけるのが「追い出し屋」の存在です。本来、アパートの賃借人には居住権があるので、家賃を少し滞納しただけで追い出すことは借地借家法違反になります。
しかし、近年、家賃保証会社や管理会社、大家などが部屋をロックアウトするなどして、一方的に賃借人を追い出す「追い出し屋」の被害が多発しています。

アパートを追い出された人はネットカフェなどの不安定な居住環境に移らざるをえません。アパートを退去したことが役所にわかると、住民票が消除されてしまいます。そうすると、安定した仕事に移ろうとしても、「住所がない・住民票がない」ということが求職活動の大きなネックになります。こうなると、貧困の悪循環に陥ってしまいます。

ネットカフェはアパートの家賃よりも宿泊代がかかります。また、自炊もできず、昼間に荷物をコインロッカーなどに入れておく経費もかかるため、生活費のやりくりはますます苦しくなります。
こうして、ネットカフェ生活も困難になると、24時間営業のファストフード店などに移り、さらに困窮すると、最終的に路上生活になってしまいます。

ただ、こうした不安定な居所はネットカフェばかりではありません。
「ネットカフェ難民」という言葉が流行語になったため、ネットカフェのみが注目されてしまいましたが、実際にはこうした不安定な居所はサウナ、カプセルホテル、ドヤ(簡易旅館)、個室ビデオ店など様々あります。

また、行政は路上生活者と「ネットカフェ難民」を分けた上で別々の対策を行なっていますが、この二者を分ける意味もあまりありません。住まいに困窮している人がネットカフェに泊まるか、屋外で寝るかは、「その日のフトコロ具合」によって左右されているだけだからです。

そのため、私は「ハウジングプア」という言葉を使うことで、住まいの貧困の全体像を見ていく必要がある、と訴えています。

ハウジングプアの全体概念図

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(下)に続きます。

【参考資料】
ビッグイシュー基金「若者ホームレス白書」
ビッグイシュー基金「若者ホームレス白書2」

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