新宿区大久保アパート火災が投げかけたもの

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はじめに

二〇一一年一一月六日、東京都新宿区大久保の木造二階建てアパート「ローズハウス林荘」で火災が発生。そこで暮らしていた五名の住民が亡くなり、二名が負傷するという惨事になった。亡くなられた五名の方のうち、四名は七〇歳以上の高齢者であり、歩行が不自由なために逃げ遅れた方もいた。

林荘に居住していた二三名のうち一九名が生活保護の受給者であったことから、当初、「新宿区の生活保護施設で火災」と誤って報道したメディアもあったが、林荘は宿泊施設ではなく、民間の賃貸住宅であった。新宿区福祉事務所は「区が紹介して入居したわけでなく、個々の受給者が個別に賃貸借契約を結んで入居していた」という説明をおこなった。
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この火災では、亡くなられた方の親族となかなか連絡がとれなかったことから身元確認が難航し、最終的に一人の方の身元が確定できなかった。親族と確認がとれたものの、引き取りを拒まれた三人も含め、四人の方のご遺骨は「無縁仏」として山梨県上野原市の寺院に預けられている。こうした経緯は、「都会の独居老人の孤立」を象徴するものとして注目され、NHKの「クローズアップ現代」では、二〇一二年一月に「“無縁老人”をどう支えるのか」という番組を放映している。

しかし私は、今回の火災の背景にこうした孤立の問題だけでなく、「住まいの貧困」という問題があることを見逃してはならないと考えている。なぜ高齢の生活保護受給者が老朽化した木造アパートに集住していたのか。その背景にある構造的な問題を問うていきたい。

「福祉可」物件の実態

私が代表理事を務めるNPO法人自立生活サポートセンター・もやい(以下、〈もやい〉と略す)では、施設・路上・病院など「広い意味でのホームレス状態」にあり、独力でアパート入居時の連帯保証人を見つけられない人に対して、団体が連帯保証人になる事業(入居支援事業)をおこなっている。事業開始以来の一〇年間で連帯保証人を提供した人は一九〇〇世帯を超えている。

実は林荘にも、私たちが連帯保証人や緊急連絡先になっていた人が複数入居していた。そのため、火災発生直後に安否確認をおこない、〈もやい〉が関わっていた方が無事であることをまず確認した。

そのような関わりがあったため、火災発生以前にも〈もやい〉のスタッフが林荘に家庭訪問をおこなったことがある。そのスタッフの報告によると、部屋は四畳半で風呂なし。アパートというより、昔ながらの下宿屋や「ドヤ」(簡易旅館)と言った方がよいような居住環境だったという。家賃は五万円前後であり、家賃水準の高い大久保地域にあっても、居住環境に応じた家賃とは言えないのではないか、ということであった。

東京二三区の生活保護の住宅扶助費(家賃相当分)の上限は五三七〇〇円である。生活保護受給者の多い地域では、もともと四万円や四万五千円で賃貸されていた物件の家賃が生活保護受給者の入居を見込んで上限額に近い水準まで引き上げられてしまう傾向がある。生活保護受給者の入居を断らない、いわゆる「福祉可」物件の多くは、そういうカラクリを持っているのだ。林荘も、そうした「福祉可」物件の一つであった。

きわめて難しい高齢単身者の部屋探し

〈もやい〉では、生活困窮者が少しでも良い条件で入居できるようにするために、アパートの連帯保証人や緊急連絡先を提供している。だが現状では、残念ながら部屋探しの支援まではできていないため、ご本人が見つけてきた物件にそのまま入居していただいている。だが、特に高齢の単身者の場合、部屋探しは困難を極める。

財団法人日本賃貸住宅管理協会が二〇〇六年におこなった調査では、民間賃貸住宅において入居制限をおこなっている家主の割合は十五・八%であり、そのうち五三・一%が「単身の高齢者は不可」と答えている。だが、これはあくまでアンケート上の数値であり、実際に単身の高齢者を拒絶している物件はもっと多いと考えられる。

家主が単身高齢者を敬遠する第一の理由は孤独死の可能性があるということである。たとえば私は、〈もやい〉で関わった八〇代の高齢者の賃貸借契約に付随する「連帯保証人承諾書」に下記のような文面が記されているのを見て、驚愕したことがある。

「契約者(借主)が単身で入居される方の保証人は、契約者(借主)が病気で倒れ、誰も気づかないまま、死亡される事故が多発しておりますので、常に連絡を取り合い、安否を確認してください。死亡されて時間が経過しますと、貸主・近隣に迷惑を及ぼすばかりでなく、部屋全体を原状回復することとなり、莫大な費用負担が掛かりますので充分注意して下さい」

〈もやい〉のように団体で保証人となっている場合は別として、親族や友人などが個人で連帯保証人となる場合、このような文面の承諾書に署名をしろと言われたら、躊躇する人がほとんどであろう。実際に〈もやい〉でも、入居者の死亡時に百万円以上の原状回復費を請求された例もある。

このように、単身の高齢者に対する入居差別はかなり厳しいものがある。そのため、結果的に他の人はあまり見向きもしないような老朽化した木造住宅がこうした人々の「受け皿」になってしまっている現状があるのだ。

都営住宅の戸数抑制策

では本来、住宅に困窮している人たちが優先して入れるはずの公的住宅はどうなっているのだろうか。

東京都は石原都政になって以来、都営住宅の戸数を増やさないという政策を一貫して進めてきた。二〇〇七年に制定された「東京都住宅マスタープラン」においても、「既に都内の住宅の数が世帯数を1割以上上回っており、さらに、将来的には東京においても人口減少社会の到来が見込まれていることなどを踏まえ、引き続き管理戸数を抑制し、既存ストックの有効活用を図っていきます」と戸数抑制策を正当化している。

特に単身者向けの都営住宅は不足しており、平均の応募倍率が五〇~六〇倍、地域によっては数百倍まで跳ね上がっている。

東京都は民間の空き家が多いため、都営住宅を増やす必要はないと主張するが、空き家があるということと、その空き家が高齢者に貸し出されるのかということは別問題である。すでに指摘したように単身・高齢の低所得者に対する深刻な入居差別が存在するからだ。

さらに困難な生活保護受給者の部屋探し

そして、生活保護受給者の場合、各区の福祉事務所による不当な「入居制限」が部屋探しをさらに困難にしている。

東京二三区の各福祉事務所には、通勤上の都合などの事情がない限り、お互いに自区内の生活保護受給者を他区に移さないという暗黙の了解が存在している。福祉事務所職員の間では、「自区内処理」という言葉が使われることもある。その理由は定かではないが、移管をすると転居先の役所の仕事量が増えるという発想から、お互い遠慮しあっているのではないかと推測される。

そのため、たとえば路上生活状態から新宿区に生活保護を申請した人が施設入所を経てアパートに入居する際、「新宿区内でアパートを見つけてください」と言われることがほとんどである。一つの区の中に複数の福祉事務所が存在する区では、「この福祉事務所の管内で部屋を見つけてください」と言われることもある。憲法が定めている「居住の自由」が実質的に制限されているのだ。

東京二三区の住宅扶助基準は一律五三七〇〇円だが、新宿区などの都心部と郊外との家賃水準にはかなり違いがある。そのため、たとえば「風呂付きで耐震性の高い部屋を借りたい」という人が他区への転出を希望する場合も多いが、その場合の福祉事務所との交渉は困難を極めることが多い。

そのため、生活保護受給者の部屋探しは地域的にも限定を受けてしまうことになる。そのことがさらに部屋探しを困難にしているのだ。

ただ近年、「他区に移りたいのだが、移管してくれない」という受給者からの相談が〈もやい〉や他の相談機関に多数寄せられ、個別に交渉をしてきた結果、以前よりは「自区内処理」の縛りは弱まってきたようである。役所の一方的な都合で、憲法が定める基本的人権を制約するような慣習は、一刻も早く根絶するべきである。

居住の権利を保障する政策を

以上のように、新宿区大久保のアパート火災の背景にある「住まいの貧困」の問題を検証してきたが、最後に現在の状況を一歩でも二歩でも改善するために住宅行政に対する提言をまとめておきたい。

単身高齢者への入居差別の問題を解消するためには、「借り上げ型の公営住宅を増設する」ことと、「公的な入居保証制度を導入する」ことの二つが不可欠である。この二つの方策は空き家になっている民間賃貸住宅のストックを活用するという意味でも有効であろう。

そして、こうした住宅政策を推進していくためにも、現在、国土交通省が各地方自治体に設置を働きかけている居住支援協議会を設立させていくことが重要であると私は考えている。

居住支援協議会は住宅セーフティネット法に基づく仕組みで、地域ごとに行政機関、不動産関係団体、居住支援団体(NPOや借地借家人組合など)の三者からなるネットワークを構築することで、高齢者などの「住宅確保要配慮者」の入居を促進することを目的としている。

現状では、地域の中で単身高齢者への入居差別問題を取り上げようにも、そうした問題を議論する場自体が存在しない、という状況になっている。居住支援協議会は、改善に向けた議論の土俵としての役割を期待されている。

老朽化した木造住宅は火災だけではなく、地震などの天災でも大きな被害が生じる危険性がある。悲劇を繰り返させないためにも、そのおおもとにある「住宅政策の貧困」を解消する道を探っていきたい。

(2012年3月、『東日本大震災 住宅復興まちづくり/大都市の防災まちづくり』(日本住宅会議など4団体発行)に掲載)


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