提言・オピニオン

何が貧困問題の解決を妨げているのか?~札幌講演録⑤

提言・オピニオン

札幌講演要旨の5回目(最終回)です。第1~4回はこちらです。

「孤独死」から「孤立死」へ、そして貧困拡大を見過ごした日本社会~札幌講演録①

住まいの貧困はどのように拡大したのか~札幌講演録②

機能不全に陥っているセーフティネット~札幌講演録③

「改正」生活保護法の問題点と施行後の課題~札幌講演録④

 

生活保護基準の引き下げ

最後に、生活保護基準の問題についてお話しさせていただきます。

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安倍政権は、すでに、昨年(2013年)の8月に第1弾の引き下げを行なっています。そして、今年の4月、来年の4月に、第2弾、第3弾の引き下げが予定されています。

生活保護基準が下がっても、生活保護利用者が困るだけで、自分にはあまり関係ないと思われる方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、これは、生活保護利用者だけではなく、低所得者、そして日本に暮らしている全ての人たちに影響がある制度改悪だと思っています。

生活保護の基準が下がると、まず第1に、生活保護を受けている人たちの生活状況が悪化します。特に、今回の基準切り下げというのは、ご夫婦と子供が2人以上いる世帯で、約10パーセントの引き下げが行われますので、これによって、結果的に、子どもの教育とか保育に影響が出てきます。私の知っている4人世帯のご家族でも、引き下げが行われた後、お父さん、お母さんが食べる物を減らして、本代など子どもの教育費に回しているというような状況があります。親が食べる物を減らすか、子どもの教育にかけるかという二者択一のような状況に追い込んでいくのは、本当にとんでもないことだと思っています。

 

基準引き下げの影響の広がり

同時に、基準が下がると、低年金の方とか、今まで制度を利用していた方の一部が生活保護から外れてしまうという問題が生じてしまいます。その結果、高齢者の方で、様々な公的な支援を受けられずに孤立してしまう方も出てきかねません。

そして最後に、生活保護基準は、この国における様々な低所得者対策の重要な目安になっています。そのために、生活保護基準が年々下げられることによって、例えば、地方税の非課税水準が連動して下がり、介護保険、国民健康保険の利用料とか保険料の減免基準も下がってしまう。

今、子どもの貧困も広がっていて、小学生、中学生の6人に一人が、就学援助という修学旅行費とか学用品代の補助を受けています。就学援助の基準は自治体によって違うのですが、だいたい、生活保護基準の1.0倍~1.3倍に設定されています。そうすると、生活保護基準が下がることによって、連動して、就学援助の所得制限が厳しくなる。
つまり、全国で157万人のお子さんたちがこの就学援助を受けていますけれども、生活保護基準がこのまま下がってしまいますと、その中から、数万人のお子さんたちが、この支援を受けられなくなります。

このように生活保護基準の引き下げは、生活保護世帯だけではなくて、低所得者全体に影響が出てくる。負担が増大するのです。

そのため、生活保護基準引き下げは、低所得者層だけをターゲットにした「増税」と同じ意味を持つことになります。生活保護基準は、「社会保障の岩盤」とも呼ばれますが、私たちの社会において「健康で文化的な最低限の生活」を営むうえで、「最低限、これだけ必要ですよ」というラインを示しています。そのラインを引き下げるということですから、それによって、この社会に住む全ての人たちの暮らしが、地盤沈下してしまうのです。

 

不服審査請求のすばらしい意義

生活保護基準が昨年(2013年)8月に引き下げられたことに対して、私も呼びかけ人の一人になりましたが、全国で引き下げに対する不服審査請求を行なうという運動が展開されました。その結果、全国で、1万人以上の生活保護利用者が立ち上がっています。この北海道でも1300人以上の方々が、この不服審査請求を行なったそうですが、これは本当にすばらしいことだなと思っています。

こうした動きは、生活保護利用者が自分たちの生活を守っていく、自分たちの権利を守っていくという意味を持っていますが、それと同時に、「社会全体の貧困をこれ以上拡大させない」「このラインから下に行かせない」という大きな力になっています。ぜひ、それぞれの地域で、こうした動きを応援していただければと思っています。

 

何が貧困問題の解決を妨げているのか?

私はいつもお話をさせていただいているのですけれども、貧困の問題、「何が貧困の問題を妨げているのか」ということを考えたときに、実は、一番問われているのは、私たち自身が、生活に困っている方、貧困状態に置かれている方々を、どう見ているのか、どう「まなざし」を向けているのかという点なのではないかと思っています。

2008年から2009年にかけて、「年越し派遣村」がありまして、私たちのNPOも全国から寄付をいただいて、大きな注目を浴びました。それは非常にありがたかったのですが、ただ、そのときのマスメディアの報道で気になっていたのは、「今までずっと真面目に働いていた人が派遣切りにあってかわいそうだ」と言うような論調が中心だったということでした。

「かわいそうだから救済しないといけない」という話だけになってしまうと、裏を返せば「かわいそうに見えない人は助けなくてもよい」ということになってしまいます。その「反転」が、起こってしまったのが、その2、3年後に起こった「生活保護バッシング」だったではないかと思っています。マスメディアが「かわいそうに見えない人」を焦点化することによって、「自己責任論」への逆戻りが行なわれたのです。

「かわいそうだから救済しないといけない」という「同情」から入ることは、問題への入り口としてはあって良いと私は思っているのですが、そこだけにとどまってしまうと、結局、「権利としての生活保護」、「権利としての社会保障」という考え方になかなか行き着かないんじゃないかなと思っています。かわいそうであろうと、かわいそうに見えなくても、どんな人でも、最低限度の生活を保障するという、というのが生活保護制度の趣旨であり、憲法25条の趣旨だと、改めて考えてみたい。そういう意味で、実は、貧困問題というのは、「あの人たちの問題」ではなくて、「貧困を見る私たち自身の問題」、「私たち自身のまなざしの問題」ではないか、ということを皆さんに考えていただければと思っています。(了)

「改正」生活保護法の問題点と施行後の課題~札幌講演録④

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札幌講演要旨の4回目。1~3回はこちらです。

「孤独死」から「孤立死」へ、そして貧困拡大を見過ごした日本社会~札幌講演録①

住まいの貧困はどのように拡大したのか~札幌講演録②

機能不全に陥っているセーフティネット~札幌講演録③

 

健康で文化的な最低限度の生活を保障する生活保護制度

 

本来、生活保護は、どんな方であっても、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するというもので、その利用に当たっては、生活を困窮した理由を問わない、というのが一つの特徴になっています。親族の扶養についても、それを「要件」とするのではなくて、実際に家族が仕送りをしてくれれば、その分だけ生活保護を減額しましょう、家族からの仕送りが生活保護の基準を上回れば、そっちを優先して下さい、というような規定になっています。これは、一般的には知られていない規定だと思うのですが、そこを悪用して、ああいう「バッシング」がおこなった。その結果、多くの方が具合を悪くしてしまった、そして同時に多くの方が、自分が困っても、この制度を使えないのはないかと思ってしまったです。

 

申請手続きの簡素化とスティグマの解消を!

 

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スティグマについては、国連の社会権規約委員会からも指摘を受けています。

昨年(2013年)5月に、国連の社会権規約委員会が、日本政府に対して様々な勧告をおこなっています。

その中で、生活保護の申請手続きを簡素化しなさい、または、申請した人がもっと尊厳を持って扱われるように政府は必要な措置をとりなさい、と求めています。

そして、「スティグマ」についても、生活保護につきまとうスティグマを解消するように、政府は国民に対して教育を行いなさい、とかなり強い調子で勧告をしています。

ところが、政府はこの国連の勧告が出たのと全く同じ日に生活保護法の「改正」案を閣議決定しました。それに対して、このかん抵抗、反対運動をおこなってきたのですが、昨年の12月、ちょうど、秘密保護法が通ったのと同じ日に、国会を通過してしまいました。

 

生活保護法「改正」の問題点

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「改正」法には、様々な問題があります。

今まで特に規定がなかった生活保護の申請手続きについても、第24条であえて申請書や添付書類を提出するということを明記しています。厚生労働省はこれにより窓口対応が変わることはないと言っていますが、「改正」法が施行される今年7月以降、申請時の手続きが厳格化され、「水際作戦」が激化する危険性があります。

また、親族の扶養義務は以前よりも強調されています。

「改正」法をめぐる国会の審議では、「マイナンバー制」(社会保障番号制度)との兼ね合いも議論されました。

今でも福祉事務所は、生活保護を申請した人の親族に仕送りが可能かどうかを問い合わせる扶養照会を行なっていますが、「改正」法では、親族が援助できないと回答した場合、援助できない理由について報告を求める権限が福祉事務所に付与されています。

国会で厚労省は親族の収入や資産を調査する際、「マイナンバー制」を活用することを否定しませんでした。これは生活保護を申請する人の立場に立つと、自分が申請することによって、家族の収入や資産が丸裸にされてしまうことを意味します。そのため、自分が困っても「家族に迷惑をかけるぐらいなら、申請するのを止めておこう」という意識が働き、申請抑制につながりません。

これは捕捉率をさらに下げて、餓死、孤立死を拡大しかねない、本当に危険な条文だと思っています。

 

「改正」生活保護法施行後の課題 

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厚労省は、申請手続きについて「今までと全く運用は変わりません」、扶養義務についても、「家族に説明を求めるなんて言うのは、よっぽどお金持ちの場合、本当に限定的な場合に限ります」と説明しています。

しかし、現場はすでに暴走を始めています。大阪市では、市の職員で家族が生活保護を受けている人に対して、「あなたの年収はこれくらいだから、その場合の仕送り額はこの程度が目安になります」という一覧表を示すということを始めています。今は、市の職員だけにやっていますけれども、7月に「改正」法が施行されると、一般の生活保護利用者の親族にも実施する、と言っています。

大阪市は、これはあくまで「目安」であって「基準」ではないのだから強制ではないと言っています。けれども、家族にとってみれば、「あなたの家族が生活保護を受けているから、あなたの年収に応じてこの程度の額を仕送りしなさい」という紙が来ると、本当に脅威になってしまうわけです。それによって、「おまえ、生活保護を受けるのを止めろ」と、生活保護を利用している人に取り下げさせるという動きも家族の中で起こってきかねません。

そのため、こうした地方自治体の暴走をきちんと止めさせる、ということが非常に重要だと思っています。

そして、「水際作戦」をなくすために、例えば、窓口の手に取れる場所に生活保護の申請書を置かせるとか、各自治体に、「水際作戦」が起こったときの苦情窓口を設置させるとか、そういったような様々な働きかけが大切になってくると思っています。

そして何より重要なのは、私たち自身が、生活保護に対する正しい知識を持って、「生活保護を利用するのは恥ずかしいことではない」という意識を周りに広げていくということです。自分たちの周りに、生活に困っている方がいたときに、「私たちの社会には生活保護という仕組みがあって、これを使うことは何ら、『恥』ではない」ということを伝えていく。そうした積み重ねによって、2割~3割しかない捕捉率を上げていく。それが、餓死や孤立死を無くしていく力になっていくのだと思っています。

機能不全に陥っているセーフティネット~札幌講演録③

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※札幌講演要旨の3回目です。前回はこちら。

住まいの貧困はどのように拡大したのか~札幌講演録②

 

セーフティネットの機能不全

私は〈もやい〉で、様々な困窮状態になる方とお話をして、面接をして、ふと思うのですが、「自分の前に座っているこの人が、どういう行政の支援策を活用できるか、どういう制度なら利用できるか」ということを考えてみると、事実上、生活保護しかないという場合が、9割以上あります。この社会には、様々な支援策、様々なセーフティネットがあるはずなのですけれども、事実上、生活に困っている方が生活保護しか使えない、という状況が広がりつつある、と感じています。

「生活保護」というのは、よく、「最後のセーフティネット」、様々な他の制度を利用して、それでも生活が立ちゆかなくなったときに使える「最後のセーフティネット」と言われています。しかしながら、実際は、相談の現場で感じているのは、事実上、「生活保護が、最初で最後のセーフティネットになっている」ということです。

 

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具体的に説明してみましょう。生活に困窮している人の多くは失業状態にあります。ですから、真っ先に活用を考えるのが、雇用保険の失業手当です。

ところが、1970年代には、全失業者のうち約7割の方が失業手当を使えていたのですけれども、その後、失業手当の要件がどんどん厳しくなってしまった、あるいは、先にもお話ししたように、非正規の人たちが広がってしまった。その結果、今では、全失業者のうち、雇用保険の失業手当を受け取れる失業者は2割程度しかいません。カバー率が2割ぐらいまで低下しているという状況があるのです。

これは、5人失業者がいたとして、1人しか失業手当を受け取れないということを意味します。もらえない人は失業と同時に現金収入が無くなってしまうわけです。ですから、真っ先に生活に困窮してしまう。

そして、他にも病気になったときには、医療保険がありますけれども、今、国民保険でも未納者がどんどん増えてきて、そのために、病気になっても病院にかかれない、いよいよ体が悪くなって、ようやく救急車で運ばれるという方も増えてきています。

 

住宅政策の貧困

一方で、私は、ずっと住宅政策の重要性を指摘してきているのですけれども、低所得者向けの公営住宅の数というのは、どこの自治体でも削減されようとしています。日本には、もともと公的性格を持った住宅が少なく、公営住宅、UR住宅(旧公団住宅)、住宅公社の住宅などを全部ひっくるめてみても、全体の6~7%ぐらいしかない。これではセーフティネットとして機能していません。ただでさえ少ないのに、財政難を理由にどこの自治体でも公営住宅を削減しようと動いています。

ですから、本来であれば、「ハウジングプア」状態の方、「脱法ハウス」に住んでいるような人たちも、公営住宅に入れればそこで何とか生活できるわけなのですけれども、そうした支援策も活用できない。このように、様々な支援策が名目上はあるのだけれども活用できない。そうため、生活保護が、「最初で最後のセーフティネット」になってしまっている、という現状があると思っています。

 

生活保護の捕捉率の低さ

ただ、それでも、生活保護がきちんと機能していれば、最悪、餓死や凍死というような事は起こらないはずなのですけれども、残念ながら、生活保護の捕捉率、生活保護を利用できる要件を持った人のうち、実際に利用できている人の割合は、2割~3割と、研究者が推計しています。ここでも、5人のうち1人ということになってしまうわけです。つまり、5人、生活に困窮している人がいたとしても、1人しか生活保護を使えない、そうすると、4人は、セーフティネットに開いた大きな穴に落ちていってしまうという状況が生まれているわけです。

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では、その「穴に落ちた人」はどこに行くのかということなのですが、一つは、先ほどお話ししたように、生活に困窮しながら、生活保護以下の生活を強いられて、「ワーキングプア」や「ハウジングプア」になってしまう。そして更に、困窮の度合いが高まってくると路上生活になってしまったり、最悪の場合、路上で亡くなったり、餓死したり、孤立死したり、自殺に追い詰められることになってしまいます。

 

諸外国よりも低い日本の公的扶助

生活保護については、とにかく最近、マスメディアでは、「生活保護受給者が増えている。けしからん。」という論調が多いわけですが、全体の人口比、全体の利用率をみると、わずか1,8%にしか過ぎません。これは、諸外国に比べて、決して多いとは言えない、むしろ、何分の1という数になります。ドイツやフランスは、10%近くになっています。

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このグラフを見て、「スウエーデンがなぜ低いのだろう」と思われた方もいらっしゃるかもしれません(低いといっても日本の3倍くらいですけれども)。スウエーデンは高福祉国家であり、高齢者には最低保障年金が整備されています。ですから、高齢者の方が生活保護のような公的扶助制度を利用するということが、そもそも存在しない。そのために、公的扶助の利用率が比較的低くなっています。

それに比べて、日本の場合は、生活保護世帯の5割近くを占めるのが高齢世帯です。低年金、無年金のまま高齢を迎えた方々が、生活に困窮して、生活保護を利用している、という実態があって、この傾向というのは、おそらく、今後も続いていくだろうと思っています。

今、ずっと非正規で働いてこられて、40代、50代になっている人が増えてきています。その方々が、60代、70代になったとき、おそらく年金は少ししか受け取れない。国民年金は満額が6万数千円ですから、足りない分を生活保護で補てんせざるを得ないという方々が、今後ますます増えてくるだろうと思っています。マスメディアでは、まるで怠けている人が増えてきているかのようなイメージが垂れ流されていますけれども、こうした背景にある社会構造をきちんと見ていく必要があると思います。

住まいの貧困はどのように拡大したのか~札幌講演録②

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※2月1日に札幌で行なった講演要旨の2回目。初回はこちらです。

「孤独死」から「孤立死」へ、そして貧困拡大を見過ごした日本社会~札幌講演録①

 

「ネットカフェ難民」、そして「派遣切り」

私たちは94年から、最初は、野宿の人たちの支援を始めまして、その後、2000年代に入ってからは、路上生活の方だけではなく、路上生活の「一歩手前」の状況にある方々、ネットカフェや24時間営業のファーストフード店などに寝泊まりしていたり、友達の家を転々としている若者たちが増えているということに気づきました。

〈もやい〉は、最初にメールで相談があった、ネットカフェに住んでいる若者からメールで相談が来たのは、2003年の秋のことです。
当時は本当にびっくりしました。路上生活の人たちは夜回り(パトロール)や炊き出しなど、こちらから会いに行かなければ会えない人たちなのですけれども、ネットカフェに暮らしている若者はネットカフェでインターネットを使えるのです。自分でネット検索で〈もやい〉を探し出して、アプローチをしてくるというのは非常に驚きで、そうした新しい形の貧困が広がっているということに徐々に気づきました。

2004~05年には、20代、30代の若者たちが、生活に困窮して相談に来るという状況は珍しくなくなり、2007年には、「ネットカフェ難民」という言葉が、テレビのドキュメンタリー番組を通して、流行語にもなる状況が生まれてきました。
そして、2008年の年末、「派遣切り」の嵐が吹き荒れ、日比谷公園では、「年越し派遣村」が行われたことを覚えている方も多いかと思います。

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リーマンショックの前後は、本当に、てんてこ舞いの状況があり、多いときに月に200人の方が、全国から、まさに、「駆け込み寺」のように駆け込んでいらっしゃる状況がありました。

例えば、栃木県のキャノンの工場で派遣切りされた方や愛知県豊田市のトヨタの工場で派遣切りされた人などが相談に来ました。その人たちの多くは派遣会社が用意していた寮に暮らしていた。そのために、仕事と住まいを同時に失って、東京に行けば何とか次の仕事が見つかるのではないかということで、東京を目指して来られる。しかし、結局、所持金も尽き、ホームレス状態になって、私たちの事務所に相談に訪れるという方がたくさんいました。

一時期、私たちはスタッフの間で「野戦病院のようだ」と言っていたのですが、一番多い時で一日に50人以上の方が相談に来られたこともありました。

その後、若干、相談件数は落ち着きましたけれども、ここ2,3年は、年間900件から1千件くらいの相談を受けています。
これは、面談、実際にお会いして相談するだけでして、メールでの相談や、電話で相談を含めますと、一年間で3000件くらいの相談を受けているということになります。

 

若者たちの貧困の実態

年間約1千件の相談のうち、約3割の方々が30代以下です。なかには18才、19才の方が相談に見えるという状況もあります。18、19、あるいは20代前半で、ホームレス状態になるほど生活に困窮することは、なかなか、皆さん、ご想像がつかないかもしれませんが、実はこうした若者たちの多くが児童養護施設の出身者です。

親から虐待を受けてきた、あるいは、親が貧困状態にあって養うことが出来ない、そのために、施設で暮らせざるを得ない子どもたちがたくさんいます。ところが、日本の児童福祉では、18歳までは施設で保護してくれるのですが、基本的には、そこから先は、自分で自立しなければなりません。

また、日本は公的な給付型奨学金がないために、こうした子どもたちはなかなか大学に行けない。そのために、高校中退や高卒で社会に出ないといけない人がたくさんいます。
今、大学を出ても就職が厳しいという状況の中で、施設出身の若者たちが、高校中退、高卒で働こうとしても、なかなか安定した仕事に就くことができません。

多くの場合、工場の住み込みのような仕事に就くわけですけれども、そこの工場がつぶれてしまえば、もう、戻るところがありません。親が、経済的に余裕があれば、生活に困窮したら親元に戻るという選択肢を選ぶことが出来るわけですけれども、こうした施設出身の子供たち、あるいは、貧困家庭の子どもたちは、親に余裕がない、あるいは親から虐待を受けてきたという背景があるために戻る場所がないわけです。そのため、住み込みの仕事がなくなって住むところもなくなると、一気に、ホームレス状態になってしまいます。そうした若者たちも、たくさん私たちの所にたくさん来ています。

女性の相談もじわじわと増えてきており、以前は、全体の1割以下だったのですが、最近では、15%から2割くらいまで増えてきています。なかには、お一人ではなくて、二人世帯、ご夫婦でネットカフェで生活しているとか、親子で、車中生活をしているという状況もあり、貧困が様々な年齢層、様々な世帯の方々に広がってきているということを日々痛感しています。

私たちは、お一人ずつお話をうかがって、その方の生活状況の聞き取りを行います。そして、必要に応じて、生活保護の申請同行、一緒に窓口までついて行く活動も行なっており、年間200件ぐらい申請の同行をしています。

 

脱法ハウスの実態

若者たちの貧困については「ネットカフェ難民」という言葉が広く知られていますが、昨年から知られるようになった問題として、「脱法ハウス」という問題があります。これは特に、東京などの大都市圏で広がってきている問題です。

都市部ではアパートの入る際の初期費用(敷金、礼金、不動産手数料、火災保険料、保証料等)が高額で、東京では一般のアパートに入ろうとすると、20万から30万円くらい用意しないとアパートに入れない状況があります。アパートの入る際の最初のハードルが非常に高いのです。

それをクリアできない人たちがネットカフェで寝泊まりしたり、最近では、「脱法ハウス」といわれるような物件に暮らしています。

何が「脱法」なのかと申しますと、こうした業者の多くは、「共同住宅」ではなくて、「貸し倉庫」とか、「レンタルオフィス」という名前で人を集めています。というのも、「住宅」というふうに名付けてしまうと、住宅に課せられる建築基準法や消防法による様々な規制があります。窓をきちんと作らなければいけないとか、あるいは、部屋と部家の間の壁を、いざ火事が起こったときに耐えられるような素材にしないといけないといった規制がかかってしまう。その規制をのがれるために、「脱法」するために、「ここは住まいではなくて貸倉庫です。レンタルオフィスです」という名目で人を集めて、事実上、そこに人を住まわせる、という形態を取っています。

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ちなみに、東京でこの写真の物件、おいくらだと思いますか。この物件、一人で暮らした場合、月5万5千円です。右に2段ベッドがありますけれども、2段ベッドで上下で暮らすと、一人あたり2万8千円、二人で5万6千円。決して家賃自体は安くはないのです。

むしろ、こうした「脱法ハウス」というのは、床面積あたりの家賃では、一般の3倍くらいになっています。ですが、アパートの初期費用が払えない人たちがたくさんいるために、こうした人々をターゲットにした「貧困ビジネス」が広がってきているという状況があります。

 

ハウジングプアの全体像

これらの問題は、「ネットカフェ難民」とか「脱法ハウス」とか、色々な名前がつけられていますけれども、私は、全てをひっくるめて、住まいの貧困、「ハウジングプア」と呼んでいます。日本では残念ながら、「ホームレス」という言葉が、屋外にいる人たち、路上とか公園とか河川敷にいる人たちだけが「ホームレス」と呼ばれています。そのため、屋内のネットカフェや24時間営業のファストフード店にいる方、脱法ハウスにいる方は、行政の定義上、「ホームレス」ではないと定義されてしまいました。

 

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これがボタンの掛け違いの始まりでして、実際は、ネットカフェにいる方も、お金が無くなれば路上に行くし、路上で、例えば、ビッグイシューを売っている方も、その日売り上げが得られれば、ネットカフェに泊まります。この図の逆三角形の上と下を行ったり来たりしているのです。ですから、屋外にいる人たち、「見えやすいホームレス」、「見えるホームレス」だけを見ていても、問題の全体像はわかりません。ご本人の視点にたって、不安定な居住形態の全体をとらえる必要があると考えています。

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この問題を私は、「『ワーキングプア』であると同時に、『ハウジングプア』でもある。」と、表現しています。「ワーキングプア」という言葉は、皆さんよくご存じかと思いますが、日本の場合、最低賃金が非常に安い、そのために、なかなか働いていても、年収が200万円以下という方々が、全国で1000万人以上いらっしゃいます。

しかも、今、非正規で働いている人が働いている人全体の35.2%にまで増えています。この背景には、1999年と2003年に、二度にわたり労働者派遣法を改正して、派遣労働を広げてしまったという問題があります。今また、安倍政権下で、派遣労働を広げようというような動きが出てきていますけれども、そうなってしまうと、益々、「ワーキングプア」の人たちが増えてしまいかねないと思います。

「仕事」と「住まい」というのは、親からの仕送りを当てに出来ない低所得者にとっては、毎月働いてお金を稼いでそこから家賃を払う、「仕事」を得ることで「住まい」を確保するという車輪両輪のような関係になると思います。

しかし、この20年間に、日本の社会で起こってきた変化は、いくら仕事をしても生計を維持できない。そのために、安心して暮らせる住まいを確保することすらできない。つまり、「『ワーキングプア』であるが故に、『ハウジングプア』でもある。」という状況が、本当に多くの人たちに広がってしまったのだと思います。

そうした状況は、90年代には日雇いの建築現場で働いている50代、60代の「ホームレス」の人たちだけの問題だったかもしれないけれども、それが今は、20代、30代の人たちも含めて、多くの人たちの状況になってきました。

次に、そうした貧困状態にある方々に対してどのような支援策があるのかを、考えてみたいと思います。

「孤独死」から「孤立死」へ、そして貧困拡大を見過ごした日本社会~札幌講演録①

提言・オピニオン

※2014年2月1日(土)に札幌市教育文化会館で開催された講演会「どうなるか?生活保護『改革』-札幌白石姉妹孤立死から2年-」(主催:生活保護制度を良くする会、反貧困ネット北海道)の講演要旨を数回に分けて掲載します。

 

ご紹介にあずかりました、稲葉です。本日はよろしくお願いいたします。 札幌市白石区で、姉妹が孤立死をされて2年が経ちました。この場をお借りして、お二人のご冥福をお祈りするとともに、こうした悲劇を忘れずに、今回の集会を企画された皆さんに、心から敬意を表したいと思っております。

 

バブル崩壊後の新宿の状況

 

私は、1994年から、東京の新宿を中心に、当初は路上生活者の方々の支援活動、その後は、路上生活者に限らず幅広い生活困窮者の支援活動に関わってまいりました。 ちょうど今日は2月1日ですけれども、私が当初、新宿の路上生活者のコミュニティ、通称「新宿ダンボール村」に初めて足を踏み入れたのが、今からちょうど20年前の1994年の2月になります。   当時私は、大学院生で、「ホームレス」と言われる人たちに出会ったのですけれども、最初にびっくりしたことは、路上でバタバタと人が亡くなっているという現実でした。

 

当時は、バブル経済が崩壊して、長期の不況、現在まで続く「失われた20年」と言われるような不況に突入した最初の時期でした。

 

そして、真っ先に、日雇いの建築現場で働いてこられた方、新宿など各地の高層ビルの建築などに従事してきた日雇いのおじさんたちが、真っ先に、野宿に至ったという現実がありました。   何人もの路上生活者の方々のお話を聞いたんですけれども、中には、「あっちのビルも、こっちのビルも俺が造ったんだ」、という話をされている方もいらっしゃいました。自分が建築に従事した高層ビルの軒下で、路上生活をしていることが珍しくないという状況がありました。

 

そうしたおじさんたちの話というのは非常に楽しかったのですけれども、夜、特に、こうした寒い日の夜に、野宿の人たちに声をかけて歩くと、凍死寸前、餓死寸前という方に出会うということがしょっちゅうありました。

何日もごはん食べてないとか、冬の寒いときに毛布一枚で凍えている、というような方にお会いして、そのたびに、救急車を呼んで搬送してもらうのですが、次の日に病院にお見舞いに行ったら、もう亡くなられている、ということが何度もあったことを覚えています。 そうした路上死は病名がつかない場合も多いのです。例えば、「低体温」とか、「低栄養」という病名、つまり、凍死、餓死で亡くなる方も何人もお会いしました。

 

マスメディアの冷たい対応

 

当時、新宿に、多くはなかったのですけれども、マスメディア、新聞やテレビの記者たちの方が取材に来ることがありました。私はその人たちに対して、「ここで人が亡くなっているんだ」「その状況をきちんと報道してほしい」ということを何度もお願いしました。

 

ただ、当時は今以上に、生活に困窮している方、特に、ホームレスの方に対する差別や偏見というものが非常に強くて、ともすれば、「あの人たちは好きでやっている」という見方をされていました。そのため、良心的な新聞記者やニュースのレポーターの方がホームレス問題を取り上げようとしても、上層部がなかなか、「うん」と言ってくれないという状況がありました。

 

よく議論をしていた、ある記者の方は、本当にご本人もつらそうにおっしゃっていたのですが、「家のある人が餓死すればニュース価値があるということになるんだけれども、家のない人が餓死しても、なかなか、ニュース価値があることにならないんですよ。」と心情を吐露されていたのを覚えています。   私はそのとき、家のない人たち、住まいのないホームレスの人たちが、路上で餓死や凍死をしていく状況を放置していれば、いつか私たちの社会は、家のある人も次々と倒れて亡くなっていく、孤立死していく、そういう社会になっていくのではないかと思ったことを覚えています。

 

「孤独死」から「孤立死」へ

 

その後、私たちはずっと貧困の現場で支援活動をしてきましたけれども、貧困の拡大のスピードは徐々に拡大し、今まさに、家のある人たちも餓死する、凍死するという状況が出てきています。

 

一昨年(2012年)、札幌の姉妹孤立死事件を皮切りに、全国で、餓死、孤立死が相次ぎました。特徴的だったのは、一人世帯の「孤独死」だけではなくて、二人以上の複数世帯の「孤立死」が出てきたということです。

 

「孤独死」という言葉が、いつからか、「孤立死」という言葉に変わったことに気づいている方もいるかもしれません。「孤独死」というのは、特に、ご高齢の単身者が倒れて亡くなるのが「孤独死」だったわけですけれども、札幌の白石区のケースでは、40代の姉妹の方がお二人とも亡くなられた。あるいは、各地で、「老老介護」をされている親子の方、60~70代のお子さんが倒れて、その後、80~90代の親御さんが衰弱して亡くなる、そのため、二人が亡くなったまま発見されるという事件が相次ぎまして、「孤立死」という言葉が、新たに生まれました。

 

グラフから見える餓死者数増加

 

その頃、産経新聞に、こうした記事が載りました。実は厚生労働省で、毎年、人口動態統計という統計を取っています。1年間に、日本国内で、どれぐらいの方々が出生して、どれぐらいの方々が亡くなられているかを調べており、亡くなられている方の死因別統計も出ています。 その死因別の統計の中で、死因が「食糧の不足」、つまり、ご飯が食べられなくて亡くなった方、つまり餓死者数をピックアップして作ったのがこのグラフになります。

 

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ただ、気をつけていただきたいのは、私自身、餓死された方々を路上でみてきましたけれども、必ずしも、すべての方の死因が「食糧の不足」になっているわけではない、ということです。ご飯を何日も食べてない状況に置かれている方の中には、内臓疾患などを患っている方も多く、死因に別の疾患名がつくこともあります。

 

そのため、このグラフ自体が氷山の一角だと見ていただければいいかと思うのですが、それでも、明らかな傾向というものが見えるかと思います。 このグラフは、1981年から2010年までの時系列の変化を表していますが、前半と後半で、これは「本当に同じ国の社会なのか」という変化が起こっています。

 

1981年から1994年まで、日本国内で餓死される方の数は、平均で17.6人でした。非常に少ない数だったわけです。ところが、1995年から急増します。

 

1995年というのは、ちょうど私が新宿で路上生活者支援を始めた次の年で、全国的に、路上生活者の数が急増した時期になります。その年、全国の餓死者数は一気に、前年の3倍近い58人になります。そして、96年には81人という数を記録します。

 

その後も、非常に高い数字を記録し続けまして、実は、日本の社会で、一番、年間餓死者数が多かったのは、2003年の93人ということになります。   この頃は、思い出していただければと思いますが、ちょうど、小泉さんの時代で、「日本の景気が良くなってきたぞ」といわれていた時期で、ちょうど、今と似たような時期になります。

 

この頃から、日本は、「いざなぎ越え」と言われる戦後最長の好景気、数字の上では、非常に長期の景気回復期に入ったと言われています。しかし実は、その時期に一番、餓死者数が多かった。このことは、今、「アベノミクス」と言われる経済政策を考える上でも、非常に象徴的な出来事ではないかと思っています。

 

その後、餓死者数は減少傾向になっていきます。特に2006年頃から減ってきているのですが、これは、おそらく全国各地で、私たち〈もやい〉を含めて様々な支援団体や法律家のグループが、生活保護の申請支援を行う、申請に窓口まで付き添って「水際作戦」を防ぐという活動が広がってきた結果、餓死に至らず生活保護につながる方が増えてきた結果ではないかと推測しています。

 

貧困拡大を見過ごした日本社会、出遅れた貧困対策

 

この30年間のグラフの中で、後半についてみますと、1995年以降、一年間で餓死されている方は、平均で、67.75人ということですから、実に、6日、7日に一人の割合で、日本国内のどこかで、餓死者が出ている、統計に出てこない方も含めれば、もっともっと多くの方が餓死しているというのが、今の日本の状況です。

 

このグラフを見る度に、私は、本当に、忸怩たる思いなってしまうのですけれども、私たちが、ちょうど20年前から「貧困が広がってきている」、特に「ホームレスの人たちの命が奪われている」ということを、折に触れ、色々なところで言ってきたにもかかわらず、なかなか、そのことが、社会全体に伝わらなかった。その結果、これだけ貧困が拡大してしまった。

 

この餓死者数の統計自体、当時から、マスメディアが注目していれば、もっと早い段階で報道がなされたはずで、そうであれば、もっともっと早い段階で貧困対策がなされていたかもしれない、私たちの社会は、この貧困の拡大に気づくのに、十数年以上遅れてしまった。本当にスタートラインから出遅れてしまったと、このグラフを見るたびに感じています。

その2はこちら

国立競技場建て替え問題:まず聴くべきは地域住民の声では?

提言・オピニオン

さまざまな議論を呼んでいる国立競技場の建て替え問題。

本日5月28日、日本スポーツ振興センター(JSC)は新国立競技場の基本設計を明らかにしました。

建設通信新聞:新国立競技場の基本設計パースと模型がついに明らかに!!
http://kensetsunewspickup.blogspot.jp/2014/05/blog-post_28.html

新国立競技場については、デザイン・コンペを勝ち抜いたザハ・ハディッドの案に対して、「神宮外苑の歴史的な景観を壊す」、「建設費用がかかり過ぎる」、「積雪の重みに耐えられないのではないか」といった疑問の声が建築家らからあがり、2014年3月末に完了する予定だった基本設計がこの間、延期されてきました。

5月12日には、建築家の伊東豊雄さん、人類学者の中沢新一さんらが都内で記者会見を開催。
会見では、伊東豊雄さん設計の改修案が発表され、客席の増設やレーンの拡張をすれば、改修で十分対応できるとの主張が広がっています。

Our-Planet TV:伊藤豊雄氏「半額で工事できる」国立競技場の改修案発表
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1787

日本建築家協会(JIA)も5月23日、国立競技場の解体工事に着手しないよう求める要望書を東京都知事と文科大臣、JSC理事長宛てに提出しています。

日経アーキテクチュア:日本建築家協会、国立競技場の解体延期を要望
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK26014_W4A520C1000000/

私も、こうした専門家の意見に関係者が耳を傾け、国立競技場を建て替えるのではなく改修で対応すべきだと考えます。

私がそう考えるのは、景観やコストの問題もありますが、何よりも建て替えで競技場が巨大化することにより、周辺住民が立ち退きをせざるをえなくなるからです。
建て替えが人々の暮らしに直接影響を与えるという点も、もっと考慮されるべきだと考えます。

新国立競技場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建て替え案では競技場の敷地が拡大。現在、競技場の南にある明治公園のエリアも呑みこまれてしまいます。

そのため、明治公園が押し出される形で、地図のA-3地区の場所に「再配置」されることになっています。
A-3地区はイベントなどの際、「歩行者の滞留空間となるオープンスペース」と位置付けられています。この場所に現在あるのが、都営霞ヶ丘団地です。

東京都は都営霞ヶ丘団地を除却し、そこに住んでいる住民を都内の複数の都営住宅に移転させる計画を進めています。
競技場が巨大化することで、玉突きのように都営住宅に暮らす住民が追いやられてしまうのです。

すでに昨年から、「早期移転」という名称で新宿区内の別の都営住宅への移転が始まり、数十世帯が転居。残る約150世帯についても順次、移転を進めていく予定です。

移転先に予定されている都営住宅には、福島から避難している方も暮らしています。そのため、避難者への住宅支援を打ち切って、そこに霞ヶ丘から移転する人を入居させるのではないか、とも噂されています。そうなれば、さらに「玉突き」が起こることになります。

 

先日、私はこの都営霞ヶ丘団地を訪問し、数人の住民の方と話をしてきました。

住民の方によると、2012年7月、突如として「移転していただかないとならないことになりました」とのチラシがまかれて、立ち退きを知らされたとのこと。
その後、東京都やJSCによる説明会が開催されましたが、いずれも一回ずつで、その内容も決定事項を伝えるものに過ぎなかったと言います。

霞ヶ丘団地を新競技場の関連敷地とする、というJSCの決定は、都営住宅を管理する東京都都市整備局にすら事前に知らされていませんでした。

霞ヶ丘団地に暮らしている住民の中は、1964年の東京オリンピックに伴う都市開発にからみ、周辺地域から移転してきた、という経験がある人もいます。
その人たちは、一生のうちに二度もオリンピックのために立ち退きを強いられることになるのです。

「別の都営住宅が用意されるから、問題ないのではないか」と考える方もいるかもしれませんが、住民の6割は65才以上の高齢者であり、80代以上の方も少なくありません。
高齢者にとって、住み慣れた地域を離れ、コミュニティが解体されることは心身ともに大きな負担になります。

また、国立競技場や明治公園周辺には路上生活をしている人もたくさんいます。建て替えに伴い、この人たちも排除されてしまうでしょう。

折りしも、6月12日からブラジルで開催されるFIFAワールドカップでも住民の立ち退きが問題になっています。
サッカー好きで知られるブラジルですが、今は「ワールドカップに多額の予算を費やすより、福祉や住宅など人々の暮らしのためにお金をまわすべきだ」と大規模イベントへの抗議行動が広がっています。

オリンピックやワールドカップなどの大規模スポーツイベントを招致することにより、住民を追い出し、都市の再開発を強行していく。
そうした開発手法に対する批判は国際的にも高まっています。

国立競技場とその周辺地域を今後、どうしていくのか。
そのことを考える際に、ぜひ「そこに暮らしている人の視点」を忘れないでいただきたいと願います。

 

※6月14日(土)に開催する「住まいは人権デー」のイベントでも、大規模スポーツイベントと「住まいの貧困」の関連について一緒に考えていきます。是非、ご参加ください。

6月14日(土)2014年 「住まいは人権デー」ミーティング &パレード
http://inabatsuyoshi.net/2014/05/21/253

 

※「反五輪の会」による聞き書き。住民の方の思いや団地での暮らしぶりが詳細に語られています。ぜひご一読ください。

都営霞ヶ丘アパート住民Jさんが語る「霞ヶ丘町での暮らし」(前編)
http://hangorin.tumblr.com/post/79559426423/j

都営霞ヶ丘アパート住民Jさんが語る「霞ヶ丘町での暮らし」(後編)
http://hangorin.tumblr.com/post/81200081549/j

福井地裁判決と自民党改憲草案~「人格権」はどこに行くのか?

提言・オピニオン

「司法は生きていた」

5月21日、福井地裁は大飯原発3、4号機の運転差し止めを求めた住民の訴えを全面的に認め、関西電力に対して「原子炉を運転してはならない」との判決を出しました。

3・11以降の原発差し止め訴訟で初めての判決になります。

大飯原発3、4号機運転差止請求事件判決要旨
http://www.news-pj.net/diary/1001

判決文の中で印象的なのは、「人格権」という言葉でした。

判決は「生存を基礎とする人格権が公法、私法を間わず、すべての法分野において、最高の価値を持つ」ことを指摘した上で、人格権について以下のように説明しています。

「個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。」

その上で、判決は福島第一原発の事故の教訓を踏まえて、原発に求められる安全性を検討。

「人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき、その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。」として、差し止めを認めました。

判決は、人格権の憲法上の根拠を憲法第13条と第25条に求めています。
改めて「個人の尊重」を定めた憲法第13条を見てみましょう。

憲法第13条:すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

ここで私が思い出したのは、自民党が2012年4月27日に発表した「日本国憲法改正草案」です。

 

自民党改憲案.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本国憲法改正草案(PDF)
https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf

この改正草案では、第13条は以下のように変わっています。特にポイントになる箇所を【 】で囲んでみました。

第13条 全て国民は、【人】として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、【公益及び公の秩序に反しない限り】、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

「個人」から「人」へ。
「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」へ。

自民党は、「日本国憲法改正草案 Q&A」 の中で、「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に改めた理由を以下のように説明しています。

 

自民党「日本国憲法改正草案 Q&A」 (PDF)
https://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf

従来の「公共の福祉」という表現は、その意味が曖昧で、分かりにくいものです。そのため、学説上は「公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない」などという解釈が主張されています。しかし、街の美観や性道徳の維持などを人権相互の衝突という点だけで説明するのは困難です。

今回の改正では、このように意味が曖昧である「公共の福祉」という文言を「公益及び公の秩序」と改正することにより、その曖昧さの解消を図るとともに、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにしたものです。

「公の秩序」と規定したのは、「反国家的な行動を取り締まる」ことを意図したものではありません。「公の秩序」とは「社会秩序」のことであり、平穏な社会生活のことを意味します。個人が人権を主張する場合に、人々の社会生活に迷惑を掛けてはならないのは、当然のことです。そのことをより明示的に規定しただけであり、これにより人権が大きく制約されるものではありません。

 

私は憲法を専門的に勉強したことがないので、はっきりしたことは言えないのですが、自民党の改憲草案は、「人格権」よりも「社会秩序」の方が上位にあると言っているように見えます。

自民党の改憲草案が実現してしまい、人格権が「すべての法分野において、最高の価値を持つ」という法の秩序自体が変えられてしまえば、裁判所が人格権を根拠に原発の差し止めを認める、ということ自体が非常に困難になってしまうのではないでしょうか。

「社会秩序」の維持のためには人格権の侵害も甘受すべき、という論理のもとに、憲法が書き換えられてしまえば、原発だけでなく軍事基地や大規模開発、公害などをめぐる裁判でも同様の論法がまかり通ってしまうことになります。

自民党の改憲草案については、すでに多くの方が危険性を指摘していますが、あらためて「人格権」という観点から批判を加えていく必要を感じました。

 

認知症を悪化させる介護サービス削減法案は廃案に!

提言・オピニオン

5月21日、参議院本会議で前代未聞の珍事が起こりました。
国会議事堂

田村憲久厚生労働相が医療・介護総合法案の趣旨説明をおこなう際、厚労省が議員に配布したペーパーに他法案の資料が紛れ込むミスが発覚。
この日の法案審議はストップしました。

以下は東京新聞の記事です。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014052202000141.html

厚労省ミス 質疑できず 介護サービス削減法案

2014年5月22日 朝刊

 参院本会議で二十一日、介護保険サービスの削減を柱とする地域医療・介護総合確保推進法案の趣旨説明を田村憲久厚生労働相が行った際、厚労省が出席議員に配った法案説明の文書にミスがあると判明。野党が反発し、予定されていた安倍晋三首相らへの質疑に入れないまま散会した。

 文書は「第一に」「第二に」と順番に法案内容を説明しているが、「第一に」との段落が二回現れる。厚労省によると、二回目は昨年末に成立した社会保障制度を見直すプログラム(工程)法の内容。担当職員がパソコン上で工程法の説明に法案の説明を上書きした後、不要な部分を削除し忘れた。

 今国会に提出した同省所管の労働者派遣法の改正案でも、行政機関の命令に応じなかった派遣事業者への罰則に関し「一年以下の懲役」とするべき条文を「一年以上」と間違えた。

 田村氏は本会議後、参院議院運営委員会の理事会で陳謝。記者団に「単純ミスを繰り返すことは許されない。ミスがないように徹底する」と述べた。菅義偉(よしひで)官房長官は記者会見で、厚労省に注意したと明かし「誤りが二度とないよう緊張感を持って対応する」と述べた。

 民主党の榛葉賀津也(しんばかづや)参院国対委員長は国会内で記者団に「立法府をばかにした対応だ」と強調。日本維新の会の小沢鋭仁国対委員長も「(政府に)緩みが出ている」と指摘した。

 法案は二〇一五年四月から特別養護老人ホーム(特養)の新規入所者を原則として中重度の要介護3~5の人に限定。軽度の要支援1、2のお年寄り向けの訪問・通所介護事業は国から市町村に移す。一五年八月からは、一定以上の所得がある介護サービス利用者は一律一割の自己負担を二割に引き上げる。特養の入所者への居住費や食費の補助も縮小する。

 

この法案には様々な問題点がありますが、最もひどいのは、「要支援」の高齢者への通所・訪問介護を介護保険から外し、市町村事業に移すことです。

市町村事業になってしまえば、地域間の格差が広がり、財政力のない自治体では事業を継続することができなくなります。

多くの地域では結果的に、今までプロの介護ヘルパーがおこなっていたサービスを「家族や地域のボランティアに丸投げする」という状況が起こってしまうでしょう。

これでは、家族介護のために離職をせざるをえない人も増えかねません。

政府の責任を後退させ、家族に負担を押しつける、という方針は、生活保護法改悪における「扶養義務の強調」とも重なります。これも、「絆原理主義」の現れと言えるでしょう。

「要支援」というと、「そんなにサポートが要らないのでは?」と思う方もいるかもしれませんが、訪問・通所のサービスを受けることで、認知症が初期段階で済んでいる高齢者はたくさんいます。

「要支援切り」は、厚労省の進める認知症予防に逆行し、認知症の悪化を促しかねないのです。

「認知症の人と家族の会」は、4月に法案の一部撤回を求める6万人以上の署名を厚生労働省に提出しています。

この法案はすでに衆議院を通過してしまっていますが、野党には政府の事務的ミスをも利用してがんばっていただき、廃案に追い込んでもらいたいと思います。

 

【NHKへの手紙】貧困報道では生活保護に関する正確な情報提供をお願いします(下)

提言・オピニオン

NHK002この手紙の前半部はこちらです。

2012年11月19日にNHK教育で放映された『ハートネットTV』「シリーズ貧困拡大社会 見過ごされた人たち」では、生活保護基準以下で暮らさざるをえない人々の実態が取り上げられました。
この番組も、それまで一般に知られていなかった生活困窮者の状況を取材したドキュメンタリーとして評価しています。

しかし、この番組の中でも生活保護制度について誤解を与えかねないシーンがありました(この点については当時、番組あてにメールをしています)。
山梨県のNPOスタッフが、病気の母親と二人暮らしをしている51歳の男性の家庭を訪問して、話を聴く場面です。

 

【ナレーション】
さらに話を聞くと、市役所に生活保護の相談に行っていたこともわかりました。
しかし男性は健康な上、十分働ける年齢であると見なされ、申請することができませんでした。

【男性の証言】
窓口の人に「生活保護はだめだから職業訓練所を受けたらどう?」と言われたことがある

 

ここでも役所側の対応の問題点への言及はありませんでした。

「健康で働ける人はダメ」というのは典型的な「水際作戦」の手法です。
役所の違法行為の結果、男性とその家族が生活保護基準以下の困窮生活を強いられているのは明らかですが、その問題は看過されてしまったのです。

ここでも私は、その場面に「この役所の対応は違法です」という注意書きを文字で入れるべきだと思います。
テレビでは番組の一部だけを見る視聴者も多く、ここだけを見ると、健康で働ける人は生活保護を利用できない、という誤った情報が視聴者に印象づけられるからです。

近年、民放各社が国内の貧困問題を取り上げなくなる中、NHKが様々な角度から貧困問題を取り上げ、良質なドキュメンタリーを継続して放映してきたことを私は評価しています。
しかし、ドキュメンタリー制作に携わる皆さんには、貧困の実態を明るみに出すだけではなく、貧困をこれ以上悪化させないために行政をチェックするという役割を担っていただきたいと考えています。

ご存知のように、他の先進国に比較して日本の公的扶助制度の捕捉率は非常に低く、生活保護の要件がある人のうち実際に制度を利用できている人の割合は2~3割にとどまると推計されています。
その背景には、役所の「水際作戦」や制度に対する誤解、制度を利用することを恥ずかしいと思うスティグマがあります。
貧困問題を報道で取り上げるのであれば、こうした捕捉率を下げている要因を一つずつ取り除くための報道に取り組んでもらえればと心より願っています。

特に、生活保護を利用できていない生活困窮者の実態を報道する際、その人に対する福祉事務所の対応に法的な問題がなかったかどうか、生活保護などの社会保障制度に詳しい専門家にチェックしてもらう体制を作っていただきたいと考えています。

貧困の実態を取り上げるだけでなく、公的機関による違法行為を明確に批判し、制度に関する誤解やスティグマを積極的に解消していく。
そんな番組を私は見てみたいと願っています。

【追記】
1月27日にNHK総合で放映された『クローズアップ現代』「あしたが見えない~深刻化する″若年女性″の貧困~」の中で描かれた「水際作戦」については、厚生労働省からも「不適切」であるという見解が示されました。番組において、指導監督官庁からも明らかに「不適切」であるとみなされる対応の事例を紹介しながらも、その問題点の指摘がなかったことについて、重く受け止めていただきたいと思います。

【NHKへの手紙】貧困報道では生活保護に関する正確な情報提供をお願いします(上)

提言・オピニオン

NHKでドキュメンタリー番組制作に携わっている皆さんへ

1月27日(月)にNHK総合で放送された『クローズアップ現代』「あしたが見えない~深刻化する“若年女性”の貧困~」を見させていただきました。
今までマスメディアではあまり取り上げられなかった若年の単身女性やシングルマザーの貧困の実態を丁寧に描いた良質なドキュメンタリーでした。
しかし、番組中で生活保護制度に関して誤解を招きかねない表現があったことは看過できません。

番組ウェブサイトに掲載された放送内容の文字起こしから問題の部分を引用します。

【ナレーション】

この日も店には、小学生の子どもを育てる、30代のシングルマザーが、面接に訪れていました。
この女性は20代のころ、生活のために、一度風俗店で働いた経験がありますが、その後は別の仕事に就いていました。
去年、体調を崩して働けなくなり、生活保護を申請しましたが、生活状況を細かく調べるのに時間がかかると言われ、断念しました。
女性は、再び風俗の仕事に頼るしかなかったといいます。

【女性の証言】
シングルマザーの女性
「市役所にいくら通っても、申請するまで2か月かかるよ、3か月かかるよって。
待ってるわけにはいかないじゃないですか。だったらもう自分で働こうって決めて、気持ちだけですね。」

このナレーションの部分では、「生活保護を申請 時間かかり断念」というテロップが表示されていました。nhk01

しかし、一見してわかるように、生活保護を申請したが時間がかかるために断念した、という内容のナレーションやテロップと、「市役所にいくら通っても、申請するまで2か月かかるよ、3か月かかるよって(言われた)。」という女性の証言は矛盾しています。ナレーションやテロップでは申請したのにダメだったという印象を与えるのに対して、証言は申請の前の段階で足踏みをさせられたと述べているからです。

私たち、貧困問題に取り組むNPOは、全国各地の福祉事務所において生活に困った人を窓口で追い返す「水際作戦」が横行していると批判してきました。
その「水際作戦」の手法の一つに、生活保護制度に関する虚偽の説明をして、申請を断念させるという方法があります。
例えば、「住まいがないと生活保護を受けられない」、「働ける状態の人は受けられない」という虚偽の説明をして、相談者に「自分は生活保護を申請できない」と思いこませるわけです。
こうした場合、福祉事務所の面接記録の上では、「相談には応じたものの生活保護申請の意思は示されなかった」ということになります。

「生活保護の申請に時間がかかる」というのも、「水際作戦」で用いられる虚偽の説明の1つです。
生活保護の申請は、生活保護の申請書を記入して提出すれば済むことであり、「時間がかかる」ということはありえません。また、福祉事務所に対して口頭で申請の意思を表明しただけでも有効であると厚生労働省も認めています。

この女性は、「申請するまで2か月かかるよ、3か月かかる」という嘘を役所の担当者に言われ、生活保護の申請を断念させられたのでしょう。彼女は申請に至る前の相談段階で「水際作戦」にあったと考えられます。

この女性に対する福祉事務所の対応は明らかに違法な「水際作戦」ですが、番組内ではゲストの方が「このVTRのように、(生活保護の)申請を受け付けてもらえないというようなケースもあります。」と述べただけで、違法性に関する指摘はありませんでした。

私がこの点を問題にするのは、貧困問題を取り上げる番組の視聴者の中には、現在、生活に困窮している方や将来、生活に困窮する可能性のある方も多数含まれているからです。
そうした方々がこの番組を見た場合、「生活保護の申請に時間がかかる」という役所の説明を信じてしまい、生活に困窮しても生活保護制度は利用できないと誤解してしまうのではないでしょうか。
虚偽の説明を「嘘である」「違法である」と明示しないで放映してしまうと、結果的に制度に関する誤った認識を広めてしまうことになるのです。

もし私がこの番組の制作者であれば、ナレーションやテロップを女性の証言に沿った内容にした上で、「この役所の対応は違法です」というテロップを目立つように入れることでしょう。その上で、スタジオでも違法な「水際作戦」の問題点について詳しく説明をおこない、そうした違法行為にあった場合の相談窓口の連絡先をテロップで流します。
行政の窓口が虚偽の説明をした場合、その違法性を指摘して、同様の被害が広がらないようにすることこそ、報道機関の使命だと考えるからです。

なぜこのような番組構成になったのか、という点について、詮索をするのはやめておきます。
ただ、番組制作者の方に考えてもらいたいのは、せっかく貧困の実態に迫るドキュメンタリーを作ったとしても、生活困窮者が活用できる制度について誤解を与える内容が盛り込まれてしまえば、結果的に貧困を悪化させ、拡大させてしまうということです。

残念ながら、こうした傾向はNHKの他の番組でも見られます。(つづく)

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