「生活保護利用者の人権は制限してもよい」の先には、どのような社会があるのか?

提言・オピニオン

拙著『生活保護から考える』が第2刷になったのを機に、内容の一部をご紹介したいと思います。

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安倍政権の発足以来、生活保護基準の引き下げや生活保護法の改悪など、生活保護を利用している人の暮らしや権利を脅かす政策が続いています。

また、地方自治体レベルでも、兵庫県小野市の「福祉給付適正化条例」や、大分県別府市でのパチンコ店調査・保護の支給停止など、生活保護などの福祉制度利用者の「素行」をことさらに取り上げて監視をしていこうという動きが強まっています。

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こうした動きの背景には、自民党に根強い「人権制限論」があります。

自民党の生活保護に関するプロジェクトチーム座長を務めていた世耕弘成参議院議員は、『週刊東洋経済』2012年7月7日号に掲載されたインタビューで以下のように述べています。

「(生活保護の)見直しに反対する人の根底にある考え方は、フルスペックの人権をすべて認めてほしいというものだ。つまり生活保護を受給していても、パチンコをやったり、お酒を頻繁に飲みに行くことは個人の自由だという。しかしわれわれは、税金で全額生活を見てもらっている以上、憲法上の権利は保障したうえで、一定の権利の制限があって仕方がないと考える。この根底にある考え方の違いが大きい。」

税金が投入されている制度の利用者の人権は制限してもよい、とする「人権制限論」の先には何があるのか、拙著で考察しています。ぜひご一読ください。

以下、『生活保護から考える』より抜粋(P176~P179)

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■利用者バッシングと社会保障費抑制

制度利用者のモラルの問題を言い立てることで、制度自体の縮小を画策するという政治手法は、すでに生活保護以外の社会保障分野でも始まっています。

2013年4月24日、麻生副総理兼財務大臣は東京都内で開かれた会合で「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで糖尿になって病院に入るやつの医療費は俺たちが払っているんだから、公平じゃない」と述べました。麻生氏は「生まれつき弱いとかは別の話」と断った上で、「こいつが将来病気になったら医療費を払うのかと、無性に腹が立つときがある」とも語ったと言います。

これは、糖尿病患者への偏見を悪用し、「利用者のモラルハザード」を焦点化することで、医療費全体の抑制へと社会保障政策の舵を切るためのアドバルーン的発言だと思われます。生活保護バッシングと同様に、制度利用者を叩くことで制度自体を利用しづらくしようとしているのだと思われます。

社会保障制度の利用者に「清く正しく美しく」あることを求める発言は、他の自民党の政治家からも出てきています。

2012年9月11日、テレビの報道番組『報道ステーション』に出演した石原伸晃衆議院議員は、生活保護費などの社会保障費抑制の具体策について述べる中で、いきなり、こう切り出しました。

「一言だけ言わせていただくと、私はね、尊厳死協会に入ろうと思うんです、尊厳死協会に。やっぱりね、ターミナル・ケアをこれからどうするのか、日本だけです。私は誤解を招いたんですね、この発言で。私はやっぱり生きる尊厳、そういうものですね、一体どこに置くのか、こういうことも考えていく。そこに色々な答えがあるんじゃないでしょうか。」

石原氏はこの発言を「個人の意思」を述べたものだと強調しましたが、この直前には公営住宅を活用することで生活保護費を八千億円削減できるという独自の社会保障費削減策を述べていました。彼が社会保障費削減の手段として尊厳死を用いようとしているのは明らかです。

生活保護制度の見直しを盛り込んだ社会保障制度改革推進法は、医療保険制度について「原則として全ての国民が加入する仕組みを維持する」(第六条)と書かれています。「原則」とは「例外」があることを前提とした言葉であり、これまで日本の国是とされてきた国民皆保険制度を絶対堅持するという政府の姿勢はここには見られません。

2013年7月、日本は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉に正式参加しました。アメリカの圧力により、日本で混合医療(保険医療と自由診療の併用)が解禁されれば、診療費が高騰し、アメリカの民間医療保険が日本でシェアを拡大するでしょう。次第に保険医療がまかなえる範囲が縮小すれば、アメリカ型の「民間医療保険に加入しなければ、病気になることもできない」という社会が到来しかねません。いわば、健康が自己責任となるのです。

2013年8月6日には、政府の社会保障制度改革国民会議が最終報告書をまとめ、安倍晋三首相に提出しました。報告書には、介護を必要とする度合いが低い「要支援」者を介護保険制度の対象から外して市町村に委ねることや、七十~七十四歳の医療費窓口負担を段階的に一割から二割に引き上げることなどが盛り込まれました。最低保障年金の創設や後期高齢者医療制度の廃止などを求めてきた民主党は、三党の実務者協議からの離脱を決めました。安倍政権がかつての小泉政権のように社会保障費を抑制する方向に舵を切ったことは明らかです。

介護の必要度が低い高齢者が介護保険の対象から外されれば、当然、家族や地域のボランティアに負担がのしかかることになります。この動きも、生活保護の扶養義務強化と同様、家族や地域で支え合うことを美徳として強制し、公的責任を後退させる「絆原理主義」の現れだと言えます。

生活保護バッシングから始まった生活保護制度「見直し」の動きは、これら社会保障制度全体の「見直し」に向けた先鞭をつけるものだと言えます。生活保護の分野は政治力のある圧力団体が存在しないため、「最初のターゲット」にされようとしています。しかし、生活保護利用者をバッシングし、制度を使いにくくしようとする動きの延長線上には、医療・介護・年金など、人々の命や暮らしを支える社会保障制度全体を縮小していく動きがあることを忘れてはなりません。

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以上は、2013年11月に発行された本に書いた文章ですが、今年に入り、TPPの署名が行われたほか、厚生労働省は介護保険の「要支援1、2」の介護予防サービスを市町村に移すだけでなく、「要介護1、2」の家事援助を介護保険から外し、自己負担を導入する方向で検討を始めました。
「介護離職ゼロ」どころか、本来、国が責任を持つべき社会保障を家族や地域の支え合いに丸投げしようという動きが強まっています。

また、問題発言をおこなった石原伸晃氏は甘利氏の辞任に伴い、経済再生担当相に就任しました。

「人権制限論」の先にどのような社会があるのか。そのことを私たちは本当に望んでいるのか。真剣に考えるべき時が来ています。


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