【2015年7月1日】 平和フォーラムニュースペーパーにインタビュー記事掲載

メディア掲載

平和フォーラムニュースペーパー2015年7月号に、稲葉のインタビュー記事が掲載されました。

http://www.peace-forum.com/newspaper/150701.html#1

インタビュー・シリーズ:102
戦争と貧困の問題はつながっている
自立生活サポートセンター・もやい理事 稲葉 剛さんに聞く
稲葉 剛さん

【いなば・つよしさんのプロフィール】
1969年広島市生まれ。被爆二世として戦争や平和の問題に敏感な子どもとして育つ。大学在学中から平和運動、外国人労働者支援活動に関わり、94年より新宿を中心に路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立し、幅広い生活困窮者への相談・支援活動に取り組む。09年、住まいの貧困に取り組むネットワークを設立し、住宅政策の転換を求める活動を始める。また、11年より生活保護制度の改悪に反対するキャンペーンに本格的に取り組んでいる。現在、認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事、一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人、生活保護問題対策全国会議幹事、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科准教授。著書は『生活保護から考える』(岩波新書)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために―野宿の人びととともに歩んだ20年』(エディマン/新宿書房)など多数。

─稲葉さんが生活困窮者の問題に関わるようになったきっかけはなんですか。

私は広島出身で、実は被爆二世なのです。母親が入市被爆者(原爆投下後、救援活動や肉親捜しなどで被爆地に入った人)なのです。そんなことがあって、平和運動に関心があり、学生の頃は湾岸戦争反対のデモなどをやっていました。バブル経済が崩壊した1994年2月に新宿駅西口地下で、ホームレスの「ダンボール村」が強制排除されるのを見に行ったのがホームレスの人との最初の出会いでした。当時、年間40~50人が路上で亡くなっていました。それにショックを受けて、路上生活者の支援活動として炊き出しや夜回りのパトロールなどを行ってきました。また、生活保護の申請をしても、役所では「水際作戦」として、窓口で追い返されることも横行していました。そんなこともあって、ホームレス問題に取り組むようになりました。私の中では、これも平和運動の一つと言えます。

─その後、行政の対応も変わってきたのでしょうか。

東京では2000年に「自立支援センター」ができて、自立支援に向けた動きが出てきました。しかし、施設に入って仕事が見つかり、アパートに入居するためのお金が貯まっても、入居に必要な保証人がいないという相談が増えたので、2001年に「自立生活サポートセンター・もやい」を立ち上げ、ホームレスの人がアパートに入る時の保証人になりました。こうしたことから居住支援が活動の根幹にあります。また、生活保護の申請も支援団体がサポートをするようになって、受けやすくなりました。
しかし、住まいの問題については、民間の宿泊所で生活保護費から住居費や食費を差し引いて、本人にはわずかしか渡らない「貧困ビジネス」も横行しています。一方、ドヤと言われる簡易宿泊所の居住環境は劣悪ですが、長期にわたって住んでいる人も多くいます。福祉事務所も「ホームレスは一人暮らしが出来ない」「面倒を見られない」などと偏見を持って、アパートに移ることを積極的に進めていません。私たちが保証人になっても、アパートの大家はそうした人を入れたがらない。公的住宅も非常に減っていて、「ハウジング・プア」と言える深刻な問題が生まれています。

─どうして、このような深刻な状況になったのでしょうか。政策の問題は何でしょう。

特に、派遣労働者は仕事とともに住まいも失ってしまうことから、2008年暮れからの日比谷公園での「年越し派遣村」で、こうしたことが大きな社会問題になりました。民主党政権の時は居住問題に取り組もうという動きもありましたが、自民党政権になって後退してしまいました。今年度から、「住居確保交付金」などの支援制度も出来ましたが、対象者は離職者のみで、高齢者は使えないなど、効果は限定的でしかありません。
一方、仕事があっても低賃金な若者や女性は住む所もなくて、脱法ハウスやネットカフェに出入りしていますが、そうした「ワーキング・プア」にも支援制度は使えない。特に安倍政権になってからは、生活困窮者への給付が縮小しています。子どもの貧困対策でも、法律は出来ても児童扶養手当の拡充もなく、民間の基金が入る方向になっています。国の責任で生活困窮者を支援することが弱くなっていて、生活保護水準の引き下げにもなっています。特に生活保護のバラマキ批判が出されて、自助努力や家族や地域の「絆」が強調されて、そこで支え合うということを制度の中に盛り込もうとしています。

─生活保護費の切り捨てでは、今年度、暖房費や住居費などを減額し、188億円も削減されています。その一方、オスプレイの購入や防衛費増額、海外支援のODA予算に膨大な金をばらまいている。そうした政治のあり方をもっと批判すべきですが、なかなか私たちも気がついていません。

生活保護基準に対する自民党などからのバッシングがありますが、私たちはこの基準を「命の最低ライン」と言っています。これが下がるということは、生きるための「ボトムライン」が下がることを意味します。例えば、就学援助や最低賃金のラインも連動して下げられてしまいます。社会のボトムラインをどう設定するかは、他にも連動しています。生活保護引き下げ反対の運動をすると、「自分たちの方がもっと苦しい」と言って叩くという事が起きています。「底辺への競争」に乗せられているようです。
確かに、路上生活者は少しずつ減ってきていますが、その一歩手前の、仕事や住まいが不安定な人は確実に増えているのではないかと思います。しかし、困窮者自立支援法にしても、生活保護水準以上の人に対するメニューが限られている。公営住宅にも入れない。そうなると、相談さえ行こうとしません。そうした人がどのくらいいるのかもわからない。厚生労働省が2007年に調査したところ、ネット・カフェ難民は全国で5400人でしたが、実際はもっと多いかと思います。

─いま、特に若者を中心とした「雇用」の問題が深刻になっています。連合も格差問題に取り組んでいますが、労働運動に期待することはありますか。

90年代は、私たちの所に相談に来るのは、50~60代の日雇い労働者の人が圧倒的に多かった。それが、1999年と2003年に労働者派遣法が改悪されて、派遣労働が拡大して、3人に1人は非正規労働という状況になって、若者や女性の相談が増えてきています。貧困が、かつては中間層だった人達まで広がってきているということを感じています。
とりわけ、20代では約半数が非正規労働者になっている状態で、正社員になることに必死になっています。そこにつけこんで、過労死寸前まで長時間労働をさせることが横行しています。私たちは「ブラック企業対策プロジェクト」を作って、キャンペーンもしていますが、雇用の質を確保していくことも必要になっています。その意味からも、今の国会では労働者派遣法の改悪と残業代ゼロ法案の成立は止めてほしいですね。それが将来的には貧困を阻止する事につながっていくと思います。

─日本の社会的基盤が崩れ、だんだんアメリカ型の社会になりつつあるようです。しかも、いま安倍政権は戦争法制を作り、自衛隊が戦争することになります。アメリカでは貧困層が兵士になっていますが、日本もそうなるのではないかと思っています。

それは感じています。いわゆる「経済的徴兵制」と言われますが、アメリカでは、貧困地域にターゲットを絞ってリクルートをかけるということが多いと言われています。日本で戦争法案が成立すれば、自衛隊への志願者が減ると思うのです。そうすると、アメリカで行われているような、貧困地域の人達を勧誘するというようなことが行われるのではないかと思います。
その上、海外で戦闘に巻き込まれると、それがトラウマになってPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症してホームレスになってしまうのではないでしょうか。実際、アメリカではベトナム戦争など海外での戦闘行為に参加したことによるPTSDからホームレスになる人が増えています。そういう意味でも、戦争と貧困の問題はつながっていると言えます。

インタビューを終えて
過日、生活に困窮した母親が、公営住宅を強制撤去されようとする日に中学2年の娘を殺害した事件の判決が、千葉地裁で下されました。懲役7年でした。子どもの貧困率が16.3%、OECD加盟国中下から4番目となりました。国内総生産は上から3番目です。社会的につくられた貧困とも言えるでしょう。安倍政権は、弱者を切り捨て、戦争への道に歩みを進め、防衛予算を膨らませています。「戦争と貧困はつながっている」稲葉剛さんの言葉を噛みしめなくてはなりません。(藤本泰成)


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