70年目の8月6日に~戦争法案反対国会前集会スピーチ

提言・オピニオン

本日8月6日(木)は、広島に原爆が投下されて70年の節目の日になります。

今日18時半から衆議院議員会館前で開催された「戦争法案反対国会前集会」(主催:戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会)には約3000人が集まりました。私も短いスピーチをおこないました。

以下にそのスピーチ原稿を転載するので、ご一読いただけるとありがたいです。

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稲葉剛です。この4月から、NPOもやいの活動を続けながら、立教大学大学院で特任准教授として貧困問題を教えています。

7月31日に発足した「安全保障関連法案に反対する立教人の会」の呼びかけ人も務めさせていただいています。

「立教人の会」が学内のチャペルで開催した「発足の祈り」には立教大学の教職員・学生・卒業生が190人も集まり、「もう二度と、学生たちに武器を取らせず、戦地に赴かせないために、 私たちは、安全保障関連法案を廃案にすることを求めます」という声明を読み上げられました。

その声明の中に以下の言葉があります。

「『戦争』とは決して抽象的なものではありません。具体的な名前をもった若者たちが戦場で向かい合い、殺し殺されることを意味します。そして、子どもたちを含む多くの戦争犠牲者を生み出し、いのちの尊厳を踏みにじるものです。」

具体的な名前をもった若者が戦場で殺し殺され、具体的な名前をもった一人ひとりの子どもが命を奪われたり、心や体を傷つけられる。それが、戦争です。

70年前の今日、8月6日、10歳だった私の母親は、広島で幼なじみの友だちと叔母を失い、同じく10歳だった私の父親は家族を失って、原爆孤児になりました。

被爆二世として原爆の話を親から聴かされて育った私は、大学生の時に起こった湾岸戦争に反対するために友人たちと学生のグループを作り、平和運動に参加しました。

その後、バブル経済が崩壊し、1990年代半ばから街に路上生活を強いられる人があふれ出すと、私は炊き出しや夜回りなどの支援活動に関わりました。当時は新宿区だけで年間40~50人の人々が路上で命を落とすという状況があり、私は路上の人々の命を守ることが自分にとっての平和運動だと思って活動を続けてきました。

路上生活をしている人からライフヒストリーを聴くと、戦争の話がよく出てきました。

ある男性は9歳の時に大阪の空襲で戦災孤児となり、長年、各地の建築現場を渡り歩いて生きていました。家族全員が亡くなったために、自分が誰であるか証明できる人が一人もいなくなり、自分自身も空襲で死んだことにされて戸籍がなくなった。そのために正規の就職をすることができずに日雇いの仕事を続けている、ということでした。

また、私の父親と同じように広島の原爆により家族を失い、天涯孤独の人生を送ってきた男性にもお会いしました。この男性も戸籍を失い、炭坑や建築現場で働いてきた、という話をしてくれました。

路上生活者からは、自衛隊で働いた経験を聴くことがよくありました。

演習場での訓練の爆音によって難聴になって失業した人や、隊内の人間関係のストレスから精神疾患を患って働けなくなった人にもお会いしました。そうした人々のほとんどが、もともとは地方の貧困家庭の出身でした。

このように貧困家庭出身の若者たちが自衛隊にリクルートされるという経済的徴兵制は昔から存在しました。
安保法制が成立すれば、自衛隊の活動エリアは飛躍的に拡大し、自衛隊員が殺し殺されるリスクは確実に高まります。それによって自衛隊が人材不足に陥れば、防衛省はこれまで以上に貧困家庭の子どもたちにターゲットを絞って、経済的徴兵制を強化していくでしょう。

憲法違反の安保法制を推し進める安倍政権は、同時に生活保護基準を引き下げるなど、人々の命と暮らしを支える社会保障制度を後退させ、さらに労働者派遣法を改悪することによって貧困を拡大させようとしています。ある意味、安倍政権は自ら率先して、経済的徴兵制を拡大するための社会環境を整備していると言えます。

安保法制が通れば、具体的な名前を持った一人ひとりの人間の命が危険にさらされます。海外の戦場に送られた自衛隊が殺し殺される。国内に暮らす子どもや大人がテロの危険にさらされる。
一人の命が奪われれば、その家族や友人も人生が変わるほどのダメージを被ります。

戦後70年の夏に安保法案をぶつけてきた安倍首相が望んでいることは何でしょうか。

それは私たちが歴史を忘却することです。

ヒロシマ、ナガサキ、オキナワを、日本の被害や加害の歴史を私たちが忘却すること。それこそが彼の望んでいることです。

そうであれば、私たちは戦争の記憶を継承していくことで抵抗をしていけると私は考えます。

70年前の夏に、広島や長崎の子どもたち、大人たちに何が起こったのか。戦場に送られた若者たちに何をおこない、何をされたのか。

私が親から原爆の話を聴いて育ったように、親の世代から子の世代へ、祖父母の世代から孫の世代へ、記憶を継承することで、戦争への道をくい止めることができる。私はそう信じています。

※関連記事:【2015年7月1日】 平和フォーラムニュースペーパーにインタビュー記事掲載

※関連記事:「安全保障関連法案に反対する立教人の会」発足!声明に込められた戦争の記憶とは?

 

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