『子どものしあわせ』2015年7月号にインタビュー記事掲載

メディア掲載

『子どものしあわせ』2015年7月号に稲葉のインタビュー記事が掲載されました。

「私を育ててくれた人たち」というテーマで語っています。

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リレートーク:私を育ててくれた人たち
「個々の実存とむきあう」稲葉剛さん

 

路上生活者の方の生活支援に携わるようになって以来、「いのち・すまい・けんり」という言葉にこだわって活動を続けています。二〇〇一年に設立した自立生活サポートセンター〈もやい〉では、最初は湯浅誠との共同代表、二〇〇三年にNPO法人化してからは理事長。若手に理事長職をゆずった今は、理事としてかかわりながら、ホームレスの人たちが一時入居する個室シェルター事業を新たに立ち上げ、活動しています。

戦争にたいする憤り

広島出身ということもあり、戦争で理不尽に人の命が奪われることへの憤りはずっともっていました。幼いころに両親が離婚したので、母子家庭で育ったのですが、両親ともに原爆で家族や友人を失った経験を持っていました。母親は、一〇歳のときに疎開先の学校の校庭でキノコ雲を見て、その数日後に広島市内に入り、「入市被爆」をしました。積極的に語るわけではなかったですが、毎年夏になるとぽつりぽつりと当時の話をしてくれ、毎年、原爆が投下された八月六日の朝八時一五分にはテレビの前で黙祷する習慣がありました。そういう影響もあり、姉が高校生のとき、観光客に市内の被爆者慰霊碑を案内するボランティア活動をしていました。

小学校六年生のときの担任だった女性の先生のことは、よく覚えています。クラスのなかに、イジメとまではいかないけれど、無視するとか、席替えのときにあいつの隣になるはイヤだ、みたいなことがありますよね。そういうものを含めて、差別につながるんだと厳しく叱る先生でした。私たちの日常に潜んでいる、差別だと意識しないようなレベルの感覚も、実は社会の大きな問題とひとつながりなんだよと教えてくれていたんだろうと思います。

中学高校は、鹿児島にあるミッションスクールに進学し、寮生活をしました。自由な校風で、変わった先生も多く、のびのびやらせてもらったという気がします。生徒会活動を熱心にやって、新聞を学校に持っていって友達に政治的な議論をふっかけたりもしていました。そういえば、中学に入ったときに、親から買ってもらったのが、家永三郎さんの検定不合格教科書だったんです。こういうのも読んでおいたほうがいいよって。広島で育っているので、日本は戦争の被害者という意識が強かったのですが、加害者の側面もあることを知りました。

ひとりの人間として出会う

大学院に在籍していた一九九四年、東京都による新宿西口地下道の路上生活者強制排除があり、それに反対する活動にのめり込みました。強制排除で追い出された人たちが寒空のもと凍死するという事態は、自分にとっては、ある意味戦争と同じだったんです。自分たちの税金が人を殺すために使われるのはイヤだという生理的な嫌悪感と、強制排除をやめさせないと自分も加害の側に立たされてしまうという意識がありました。その後、仲間とともに新宿で野宿者支援の活動を立ち上げ、それが〈もやい〉設立につながります。

当時一緒に活動を立ち上げた見津毅くんが、「個々の実存とむきあう」という言葉を常々口にしていました。社会運動は、全体の社会的政治的状況の中でいかに効果的に動くかを考えるので、どうしても、一人ひとり、当事者の思いがないがしろにされがちな部分がでてきます。だけど、そういう一人ひとりの思いにもきちんと向き合っていく必要があるんだよ、と彼はよくいっていました。見津くんが若くしてバイク事故で亡くなった後も、ぼくは、彼の言葉はこの場面ではどういうことなのだろうと考えながら行動してきたように思います。

現在、力を入れている活動のひとつに、路上生活者への襲撃事件をなくす授業活動があります。こういった襲撃では、加害者の側の子どもたちにも、家庭が貧困だったり、ネグレクトや虐待があったりという状況が多くみられ、弱者が弱者をたたくという今の社会を象徴するような事件ともいえます。授業では、お題目のように「命は大切です」と唱えても子どもたちには伝わらないので、ホームレスの当事者あるいは経験者の方に一緒に教室に来てもらい、体験談を話してもらいます。“ホームレス”としてひとくくりで見るのではなく、だれだれさん、というひとりの人間として出会うことが大切だと思っています。

ますます弱肉強食的な社会になってきているなか、弱い立場の人に実際に会い、共感する機会を提供することが、これからの教育には求められるんじゃないでしょうか。最近は、中学生のときに稲葉さんの話を聞きました、とボランティアに来てくれる大学生もいてうれしいですね。

 

【いなば つよし】
1969年、広島市生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。在学中から平和運動、外国人労働者支援活動にかかわる。
2001年、湯浅誠らと自立生活サポートセンター・もやいを設立し、幅広い生活困窮者の相談・支援活動を開始。2009年まで学習塾講師として生計を立てながら活動を続けた。生活保護制度の改悪に反対するキャンペーンにも本格的に取り組んでいる。現在、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科准教授。
近著に『生活保護から考える 』(岩波新書、2013年)、『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために―野宿の人びととともに歩んだ20年』(エディマン/新宿書房、2014年)など。


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