「水際作戦」を合法化させる生活保護法「改正」法案

アーカイブ

生活保護法「改正法案」が閣議決定

2013年5月17日、政府は生活保護法を抜本改正する法案を閣議決定しました。この「改正法案」の中には、生活保護の申請を厳格化し、親族の扶養義務を強化する内容が盛り込まれていることから、私たち、生活困窮者支援に取り組むNPO関係者や法律家ら、生活保護の当事者から抗議の声があがっています。
「改正法案」の法的な問題については、私も幹事を務める生活保護問題対策全国会議のブログに掲載された同会議の緊急声明や関連資料をご一読ください。
ここでは、路上生活者など生活困窮者の相談・支援に関わってきた立場から、今回の「改正法案」の問題点に迫りたいと思います。

福祉事務所職員による追い返し

「どこの馬の骨かわからない人に生活保護は出せない」、「仕事なんてえり好みしなければ、いくらでもある」、「病気があると言って甘えているが、日雇いでも何でもして、自分の金で病院に行くのが筋だ」、「あんたが悪いんだから、頭を下げて実家に戻りなさい」…。
これらはすべて私が自分の耳で聞いた福祉事務所職員の発言です。

私は1993年から生活困窮者の支援活動に関わり、これまで20年間、東京23区内を中心に3000人以上の生活保護の申請に同行してきました。
本来、生活に困窮した人の相談にのり、必要な支援策につなげるのは、行政機関の仕事です。しかし実際は、多くの福祉事務所で生活困窮者を窓口で追い返す「水際作戦」が日常的に行なわれてきました。特に路上生活者に対しては職員の偏見も強く、面接担当の職員が冒頭にあげたような暴言を吐き、言葉の暴力で相談者を追い返すということが横行していました。

私はこうした差別的な対応に遭遇するたびに、担当の係長や課長を呼び出して抗議し、職員の窓口対応の改善を申し入れてきました。
2000年代に入り、職員の差別的対応は減ってきましたが、その後も各福祉事務所は法律とは違う独自の基準で生活保護の対象者を選別することをやめませんでした。生活保護法では生活に困った人は無差別平等に保護することが定められていますが、一部の福祉事務所は、「65歳以上の高齢者や、重い疾病や障がいがある人に限る」、「地域内に住民票を設定している人に限る」など、自治体ごとに恣意的な判断基準を定め、その対象にならない人を窓口で排除するという運用を続けました。もちろん、こうした運用は生活保護法に違反しています。

全国に1251ヶ所(2013年4月1日現在)ある福祉事務所のうち、相談者が手にとれる場所に申請書を備え付けているのは数ヶ所しかありません。多くの福祉事務所では、面接担当の職員が独自基準で認めた人にのみ申請書を渡すという手法で、違法に対象者を選別してきたのです。その結果、生活に困窮しながらも生活保護を申請できずに亡くなる人が増え、2003年には一年間の餓死者数が93人と過去最多になりました。この数は厚生労働省の人口動態統計で死因が「食糧の不足」とされている人のみを集計したものなので、実際にはもっと多くの人が餓死していると推察されます。2000年には大阪府監察医事務所の資料などをもとに研究者が調査したところ、路上で亡くなった路上生活者は大阪市内だけで年間213人にのぼったことが判明しています。

違法な「水際作戦」にどう対抗するか

違法な「水際作戦」に対抗するため、2006年頃から全国で法律家らによる生活保護の相談窓口が設置され、生活保護の申請を支援する活動が活発化しました。私たちNPOも法律家と申請のノウハウをわかちあい、申請支援の活動を広げていきました。

「水際作戦」への対抗手段とは何か。それは、福祉事務所に申請書を出してもらうのではなく、あらかじめ申請書を用意して持っていくという単純なことでした。生活保護の申請は口頭でも認められるという裁判の判例がありますが、録音をしない限り、口頭申請では証拠が残りません。そのため、申請の意思を示す書面を事前に書いてもらい、提出する、ということを各団体が始めたのです。私が代表を務める〈もやい〉のウェブサイトでは、事務所まで来られない遠隔地の方のために生活保護の申請書をダウンロードできるようにしました。

2008年秋から「派遣切り」により、大量の非正規労働者が失職した際にも、全国各地でこうしたノウハウが活用されました。その結果、貧困は大きく拡大したにもかかわらず、必要な方が生活保護につながる率が高まり、餓死者数を減少させることができたのではないかと思います。2011年の餓死者数は45人と、依然として高い水準ですが、2003年の93人に比較すると半減しました。

2ヶ月前まで諌めていたことを自ら合法化

しかし、今回の「改正法案」は違法な「水際作戦」を合法化する内容が盛り込まれています。
「改正法案」24条1項は、生活保護の申請にあたり、氏名・住所だけでなく、要保護者の資産・収入状況、さらには「厚生労働省令で定める事項」を記載した申請書を提出しなければならないとしています。これまで認められてきた口頭申請が認められなくなる危険性があります。

また第24条2項では申請書に「要保護者の保護の要否、種類、程度及び方法を決定するために必要な書類として厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない」と定めています。ここで言う添付書類とは、賃貸住宅の契約書や預金通帳、給与明細、年金関連書類などが想定されます。

〈もやい〉は、年間約1000件の面談による生活相談をおこなっていますが、相談窓口に来られる方の中には、ドメスティックバイオレンスや親族による虐待に遭い、着の身着のままで逃げてきた人や、入居していた賃貸住宅から「追い出し屋」の被害にあってロックアウトされた人、路上生活中に荷物をすべて盗まれた人も少なくありません。また、いわゆる「ブラック企業」の中には、給与明細などの書類を出さないところも珍しくありません。

私たちはご本人が預金通帳などの添付書類をお持ちの場合は、生活保護申請書とともにそれらを窓口に持参することを勧めていますが、すぐに用意できない状況の際は、まずは申請書のみ提出するようアドバイスをしています。

関連書類の添付が法律で義務付けられれば、こうした場合、「添付すべき書類を持参していない」という理由で申請できなくなる恐れがあります。生活の拠点を失うくらい困窮度の高い人ほど、申請が困難になるという状況が生まれかねません。

これまでも、一部の福祉事務所は申請にあたって、資産・収入等の添付書類の提出があたかも要件であるかのように説明してきました。「書類が足りないから」という口実で、申請を受け付けず、何度も窓口に足を運ばせ、そのうちに相談者が申請をあきらめるのを待つ、というのも、伝統的な「水際作戦」の手法の一つです。

こうした運用に対して、厚生労働省は今年3月11日に開催された社会・援護局主管課長会議において「それらの提出が保護の要件であるかのような誤信を与えかねない運用を行っている事例等、申請権を侵害、ないし侵害していると疑われる不適切な取扱いが未だに認められている」と非難しています。

これは「改正法案」が閣議決定されるわずか2ヶ月前のことです。2ヶ月前に「違法だからやめろ」と言った内容を自ら合法化させる、という今回の動きには異様なものを感じます。何か背後に大きな政治的圧力があったのではないか、と想像せずにはいられません。

「改正法案」には扶養義務の強化も盛り込まれており、これも「親族に養ってもらえ」という口実による「水際作戦」を強化するものです。また、扶養義務者への調査が徹底されるため、「自分が申請すれば、将来にわたって親族の収入・資産等が丸裸にされる」という想いから申請抑制をする人も確実に増えるでしょう。

日本社会のターニングポイント

このように今回の生活保護「改正法案」は、私たちが長年、根絶をめざして努力してきた違法な「水際作戦」を合法化させる内容になっています。それは確実に餓死・孤立死・路上死を増やします。貧困が拡大している現在、餓死者数は2003年の比ではなくなるでしょう。
私たちは本当にそのような社会を望むのでしょうか。今、そのターニングポイントに立っています。

【追記】
生活保護法「改正」案は2013年12月に国会で成立しました。本稿で指摘した問題点のうち、24条1項・2項についてはいずれも「特別の事情があるときは、この限りでない」という但し書きが追加されましたが、扶養義務関係の条項は修正されませんでした。

(2013年5月、「ビッグイシューオンライン」に掲載)

[`evernote` not found]

>

« »