鵺の鳴く夜を正しく恐れるために

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皆さんは鵺(ぬえ)という伝説上の怪物をご存じでしょうか。

『平家物語』によると、平安時代の末期、夜な夜な京の都を騒がせる怪物がいました。鵺は、猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尾を持ち、「ヒョーヒョー」という気味の悪い声で鳴いたと言われています。

闇にまぎれてうごめく怪物を見た目撃者たちの証言は混乱したことでしょう。「猿だ」と言う人、「狸ではないか」と言う人、「いや、虎だ」、「蛇だ」と言う人、また鳴き声を聞いて鳥の一種だと言う人もいたのではないかと思われます。

それから800年以上の時が流れましたが、現代の日本社会に広がる「住まいの貧困」は、まるで鵺のようだと私は感じています。

1990年代前半、バブル経済の崩壊がきっかけとなり、全国各地の大都市で仕事と住まいを失った人々が路頭に迷いました。この問題に政府が重い腰を上げたのは1999年。関係省庁及び大都市の地方自治体で構成する「ホームレス問題連絡会議」を設置し、「ホームレス問題に対する当面の対応策」をまとめました。

しかし、ここでの「ホームレス」の定義は「道路、公園、河川敷、駅舎等で野宿生活を送っている人々」とされたため、とりあえず「今晩の宿」があり、簡易旅館、カプセルホテルなどで不安定な生活をしている人々は「ホームレス」ではないとされました。「ホームレス問題」は厚生労働省の旧厚生省部門の一つ、社会・援護局が担当することになりました。

2007年にはテレビ報道がきっかけとなり、「ネットカフェ難民」という言葉が流行語になりました。不安定な非正規労働を続ける人々の中で、アパートの初期費用(敷金・礼金等)や保証人を用意できないためにネットカフェなどに宿泊せざるをえない人々が増加し、社会問題になったのです。

厚生労働省は緊急に「ネットカフェ難民」に関する調査を行ない、週3、4日以上ネットカフェに宿泊している人を新たに「住居喪失不安定就労者」と定義しました。「住居喪失不安定就労者」は「ホームレス」とは別の存在とされ、その支援事業は厚生労働省の旧労働省部門である職業安定局が担当することになりました。

東京では2010年にネットカフェへの入店に本人確認書類を義務づける都条例が施行されたため、ネットカフェで暮らしていた人々の一部がネットカフェに宿泊できなくなりました。そうした人々をターゲットに、近年、「シェアハウス」、「レンタルオフィス」などと称して1~2畳ほどの空間を月3~5万円で間貸しする業者が急速に増加しました。

今年に入り、「レンタルオフィス」、「倉庫」等を名乗りつつ、実際には多数の人々を居住させていた業者の建物が消防庁から消防法違反を摘発されるケースが増えてきました。マスメディアはこうした住まいを「脱法ハウス」と呼び、国土交通省も建築基準法などの法令違反物件について実態調査に乗り出しています。

しかし、この「脱法ハウス」問題も物件への規制にとどまるのであれば、結果的にそこに入居せざるをえない人々が他の場所に移るだけになってしまいます。

ホームレス問題、「ネットカフェ難民」問題、脱法ハウス問題…と、マスメディアや行政はその時々の「ホットな社会問題」を取り上げてきましたが、それらは一過性のブームやその場しのぎの対策にとどまってきました。私にはそれが、鵺を見て、「猿だ」、「狸だ」、「虎だ」等と言って怖がっている人々とあまり変わらないように見えます。

必要なのは、闇にまぎれる怪物の全体像を照らし出すことです。次から次へと噴出する社会問題の背景には、住まいの貧困(ハウジングプア)という根本的な問題があるのではないか。国や地方自治体の住宅政策が機能していないことや、私たち自身が「住まい」の問題に無自覚であることから、多くの問題が発生しているのではないか。そういう発想の転換が必要になっていると私は感じています。

(2013年6月「ビッグイシューオンライン」掲載。2015年1月刊行『鵺の鳴く夜を正しく恐れるために』所収)


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