住まいが保障されない社会はおかしい

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仕事と住まいが同時になくなる

2008年年末、東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」には、派遣切りなどによって仕事と住まいを失った人たち約500人が助けを求めに訪れました。その多くは、派遣会社の寮や建築現場の宿舎など、仕事と住まいがセットになった労働住宅に暮らしていた労働者でした。年明け1月5日以降、「村民」の約6割が生活保護を申請し、生活保護制度を利用して最低限の暮らしと住まいを取り戻すことができました。

「派遣村」のニュースは国内だけでなく海外の報道関係者の注目を集めました。その中でも、ヨーロッパの記者からは、「なぜ日本の労働者は仕事を失うのと同時に、住まいを失うのか」という疑問の声が多数聞かれました。2008年秋の金融危機に始まる世界同時不況は各国の経済状況を悪化させ、世界各地で企業によるリストラがおこなわれたものの、日本のように多数の労働者が文字通り路頭に迷ってしまうような状況は、社会保障制度や公的な住宅制度が充実しているヨーロッパの国々ではありえないと言うのです。

アメリカ社会への鋭い問題提起を行なうドキュメンタリー映画を作ることで知られるマイケル・ムーア監督は、映画『シッコ』(2007年)で公的な皆保険制度のないアメリカの医療制度のおかしさを描きました。ムーア監督はこの映画の中で医療費が無償化されているイギリスやキューバの状況を取材し、「他の国であたりまえのように保障されていることが自国では保障されていない」という現実を描いています。

民間の医療保険に多額の掛け金を払わなければ、病気になった時の保障が得られないアメリカ社会は、私たちにとってはおかしな社会に見えます。しかし、その私たちも「住宅は自分で確保するもの」という意識が染みついているため、「派遣切りにより多数の労働者が仕事と住まいを同時に失う」という状況をあまりおかしいとは感じません。「他の国であたりまえのように保障されていることが自国では保障されていない」という意味において、アメリカの医療問題にあたるものが、日本の住宅問題にあたるのではないでしょうか。

半世紀前に行われていた「警告」

1961年、国際労働機関(ILO)は、「労働者住宅に関する勧告」を採択し、「すべての労働者及びその家族に十分かつ適切な住宅及び適当な生活環境を提供することを確保するため、一般的な住宅政策の範囲内で住宅及び関連共同施設の建設を促進することを国の政策の目的とすべきである。困窮度の非常に高い者には、ある程度の優先順位を与えるべきである」という原則を述べた上で、「使用者がその労働者に直接住宅を提供すること」は、「やむを得ない事情のある場合を除き、一般的に望ましくないことを認識すべきである」と指摘しています。つまり、派遣会社の寮など労働住宅に暮らす労働者は仕事を失うと同時に住まいを失う危険性が高いから、国が率先して労働者向けの住宅を整備するよう求めているのです。

政府が約半世紀前に出されたこの勧告に従っていたならば、派遣切りにより多数の人びとが住宅も失うという状況は避けられていたのではないでしょうか。私たちの社会は国際機関による「警告」を聞き流してしまったのです。

貧弱な日本の公的住宅政策

もちろん日本にも公的な住宅があります。しかし、公営住宅、都市再生機構によるUR賃貸住宅、地方住宅供給公社による公社住宅など、全ての公的住宅をあわせても、賃貸住宅全体の2割程度、住宅全体の約7%程度にとどまっています。ヨーロッパ諸国における公的住宅が住宅全体の十数%から二十数%を占めるのに比べると、著しく低い割合です。

また、単身者用の公営住宅への入居は都市部ではかなり高い抽選確率になっていますが、その抽選に参加する資格は障害者や生活保護世帯などを除き、60歳以上の人にしか与えられていません。60歳未満の単身のワーキングプアは、入り口で公営住宅政策から排除されているのです。

一方で、多くの先進国で実施されている住宅手当も日本ではずっと実施されない状況が続いていました。2008年秋からの不況を受け、政府はようやく2009年10月から「住宅手当緊急特別措置事業」(6ヶ月限定で民間賃貸住宅の家賃相当分を支給)をスタートさせましたが、利用するためには月収84000円以内などの基準を満たす必要があり、利用できる層は限られると見られています。

公的な住宅政策が貧弱である背景には、戦後の日本の住宅政策が中間層に持ち家を取得させることに主眼が置かれ、低所得者への住宅保障という観点が弱かったことがあげられます。「終身雇用制の企業に入社したら、若い頃は企業の福利厚生策として提供される社宅に暮らしたり、企業による住宅手当を受けることで住居費を節約し、世帯を形成したら、政府系金融機関による低金利の住宅ローンを組んで持ち家を確保する」というステップアップ型のライフコースが標準的なモデルとされ、政府が担うべき住宅政策の一部を企業が担うことがあたり前のように思われてきました。

しかし、1990年代前半にバブル経済が崩壊し、各企業がリストラを加速化させると、こうした福利厚生費は真っ先にカットされ、終身雇用制も崩壊しました。それによりステップアップ型のモデルが成り立たなくなったのです。

その後に登場した派遣会社の中には、派遣先企業の近くに会社名義のマンションを用意しましたところもありましたが、その多くは福利厚生的な性格を持つものではなく、周辺地域の家賃と変わらない賃料を取るものでした。部屋に設置してある家電製品のリース料などの名目で多額の費用を差し引くケースも珍しくありませんでした。こうしたマンションに入居した派遣労働者は、自分の名義で部屋を契約していないため、部屋の居住権を主張しにくい状態に置かれています。そのため、派遣切りにより雇用契約が解除されると、すぐに部屋から追い出されてしまったのです。

ヨーロッパのマスメディアが驚いた「派遣切りにより、多数の労働者が仕事と住まいを失う」という状況は起こるべくして起こったと言えるのです。

「住まいの貧困」と向き合う社会を

近年、路上生活者、ネットカフェ難民など、住まいを失い、不安定な場所で暮らさざるをえない人びと、「ハウジングプア」(住まいの貧困層)が増え続けています。若年層のハウジングプア化はワーキングプアの増大と共に広がっており、将来にわたって少子化などの問題を引き起こしかねません。

「住まいの貧困」を克服し、安心して暮らせる住まいがすべての人に保障される社会にしていくためには何が必要なのでしょうか。

そのためには、まず私たちの「住まい」に対する意識を変えていくことが必要です。日本居住福祉学会会長の早川和男神戸大学名誉教授は、「日本人は住宅に公的支援がないことに疑問を感じない。マインドコントロールにかかっているようなものだ」と指摘しています。住宅ローンや月々の家賃負担が人びとの生活に重くのしかかり、自分の住まいを確保することが労働の主目的になっているような日本社会の現状に対して、まずは「おかしい」と声をあげること。それがマインドコントロールを解き放つ第一歩なのではないでしょうか。

その上で現在、国土交通省と厚生労働省がバラバラにおこなっている住宅関連施策を統合して責任の所在を明らかにし、「居住福祉」という観点から住宅政策を再編成していくこと、具体的には公的住宅政策と家賃補助制度を拡充していくことが求められています。

社会が、そして何より政治が「住まいの貧困」という問題に向き合うことを求められているのです。

(2011年9月刊行『わたしたちに必要な33のセーフティーネットのつくりかた』(竹信三恵子、新藤宗幸、五石敬路、稲葉剛 編、合同出版)所収)


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