貧困と差別の結託に抗するために~ハウジングプアを中心に

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〈もやい〉の生活相談の現状

仕事と住まいを失い、ホームレス状態へと追い込まれる人々が増加し続けている。私が代表を務めるNPO法人自立生活サポートセンター・もやいでは、生活困窮者への相談・支援活動を継続して行なっているが、2008年秋以降、相談件数は以前の約3倍以上に増加し、現在でも毎月50~100人程度が事務所(東京都新宿区)に支援を求めて来所するという状態が続いている。今後、東日本大震災による経済的影響により、その数がさらに増えることが懸念される。

相談者の年齢は10代から80代まで様々であり、単身の男性がほとんどを占めるものの、女性や複数世帯の相談も増えてきている。「親子で車中生活をしている」、「夫婦でネットカフェ生活をしている」というケースも珍しくなくなってきた。相談者がこれまで仕事をしてきた職種も、建築・土木、製造業、警備など従来から見られる職種に加え、メディア関係、福祉・医療職、自営業、官製ワーキングプアなど不況の長期化とともに多様化してきている。また、10代~20代の若年層の相談者の生い立ちを聴くと、子ども時代からの貧困が現在の本人の経済的・精神的状況に大きな影響を与えていることがうかがわれ、「貧困の連鎖」という問題が浮き彫りになっている。NPO法人ビッグイシュー基金が40歳未満の若者ホームレス50人に行なった聞き取り調査でも、養護施設や親戚宅で育った人が18%、中卒・高校中退の人が40%を占めるなど、養育された環境が成人してからの生活状況に影響を与えていることが明らかになっている。

日雇労働者・野宿者への差別・偏見

2006~2007年に「ワーキングプア」や「ネットカフェ難民」が社会問題化するまでは、日本における貧困問題は長らく解決済みの問題と考えられており、生活困窮者に対する差別や偏見がその見方を助長してきた。

そうした差別・偏見の1つとして挙げられるのが単身の寄せ場の日雇労働者・野宿者に対する差別意識である。

「ネットカフェ難民」が社会問題になる以前から、寄せ場労働者や野宿者への支援に関わる者の間では、「都市全体が寄せ場化している」ということが共通認識となりつつあった。日本最大の寄せ場、大阪・釜ヶ崎で活動を続けてきた生田武志は、再三、「日雇労働者がリハーサルし、フリーターが本番をしている」と警鐘を鳴らしてきた。

つまり、「日雇い労働(ワーキングプア)-ドヤ、飯場(ハウジングプア)」という、寄せ場特有の状況が都市全体に拡散し、「派遣などの非正規雇用(ワーキングプア)-会社寮やネットカフェなどの不安定な居所(ハウジングプア)」という状況に拡大してきたと言える。

このように、雇用や住宅の不安定性という構造から見ると、「寄せ場問題」、「ホームレス問題」、「ネットカフェ難民」、「派遣切り問題」は地続きの問題として捉えることができるが、主流のマスメディアはこれらを別々の問題として報道し、政策立案者もそのことを前提にバラバラの対策を実施している。その分断の背景には、行政の縦割り意識の問題だけでなく、日雇労働者や野宿者に対する根強い差別意識がある。

女性の貧困に対するまなざし

同様に、日本社会に内在する差別意識が貧困問題の全体像を見る眼を曇らせている例として、女性の貧困に対するまなざしが挙げられる。
マスメディアにおいて「ネットカフェ難民」や「派遣切り」の典型として取り上げられた事例は、若年男性の派遣労働者であった。こうした報道姿勢やそれを受け取る視聴者の意識には、「これから世帯形成をして家計を支えるべき若年男性が貧困に陥っている」ということに対する同情が根底にあったことは否めない。
裏をかえせば、シングルマザーの貧困に象徴される女性の貧困問題は日本社会に根強いジェンダー規範に阻まれて、社会問題化しにくい状況に置かれている。「女性と貧困ネットワーク」がその設立集会(2008年9月)のアピールにおいて、「男性の貧困が、女性なみの貧困になってきた(貧困の女性化)ことで「貧困」が社会問題視されるようになりました。しかし、女性はずっと前から貧困でした。そして今、女性の貧困は悲惨さを増しています。」と指摘したのは、まさにそうした社会意識を変えないと女性の貧困問題を可視化できないという問題意識からである。
フェミニストたちが指摘してきたように、男性稼ぎ主を中心とする世帯単位の社会システムは、この国の税制・社会保障、労働政策など隅々にまで行きわたっている。住宅政策においても、住宅ローン減税を中心とする持ち家重視政策、公的住宅における単身者軽視など、「標準的なライフコースを歩む人たちを優遇する傾向」(平山洋介 )が貫かれてきたのである。

3つの主義の合成物

ここまで、日雇労働者・野宿者や女性への差別のみを指摘してきたが、貧困問題を見えにくくさせている社会的な差別・偏見は多岐にわたる。

社会的な差別が最も顕在化している現場の1つは民間の不動産屋の窓口である。入居差別に対する規制が全くない民間の賃貸住宅市場では、様々な社会的マイノリティに対する入居差別が日常的に行なわれており、まさに「差別の見本市」のような状況になっている。

高齢者、外国籍住民、障がい者、ひとり親家庭、単身者、セクシャルマイノリティ、生活保護受給者、ワーキングプア、失業者、路上生活経験者などは民間賃貸住宅を借りる上で差別されることが多く、こうした人々はハウジングプア状況へと追い込まれる危険性が高くなっている。

平山洋介は、戦後日本の住宅政策を検証する中で、「家族」と「企業」という「グループ」への「所属」を重視する「保守主義」、住宅ローン減税による着工件数の増加により景気浮揚を図ろうとする「経済主義」に加え、公的関与から撤退し、市場化を推進する「新自由主義」という3つの合成物が政策形成に反映しているという見方を示している。そして、新自由主義的な政策転換が大きな影響を与えたものの、政策形成は「経路依存性」を持つため、過去の政策が瞬時に消えるわけではないと指摘している(『賃金と社会保障』1509号「住宅政策の変容と現在」)。

このことは住宅政策に限らず、今後の貧困対策を考えていく上で重要な指摘である。私たちが対抗すべきなのは、新自由主義単体ではなく、「標準家庭モデル」をベースにした保守主義と、経済成長のみを最優先とする経済主義、そしてそこに新自由主義がミックスされた鵺のような社会システムであり、それを支える社会意識なのではないかと私は考えている。「安心して暮らせる住まい」の確保を基本的人権ではなく、「甲斐性」として捉える住宅政策や社会意識は、東日本大震災の被災者に対する住宅支援にも大きく影を落としている。

オルタナティブな社会構想に向けて

以上、住宅問題を中心に、私たちの社会における「貧困と差別の結託」とでも言うべき状況を見てきたが、私たちはこの現状に対して、どのようなオルタナティブな社会構想を打ち出せるのだろうか。最後にいくつか箇条書き的に提起したい。

・世帯単位ではなく、個人単位の社会システムへの変革が大前提である。
・特定のライフコースへの誘導を政府が行なうのではなく、どのようなライフスタイルを個人が選ぼうとも、あらゆる個人の「自由と生存」を保障するシステムを構築すべきである。狭義の社会保障のみでなく、雇用・住宅・医療・介護・教育など様々な分野において、「あらゆる個人の生存権保障」を前提としたシステムを再構築すべきである。そのためには現金給付のみならず、住宅・医療・介護・教育などの社会サービスのコストの低減化、無償化を図り、現物給付もあわせて市場経済への依存度を低めていく方策が有効である。
・住宅分野においては、民間賃貸住宅入居者への家賃補助及び公的保証制度の導入、低家賃の社会住宅の整備などにより「すべての人に適切な居住を保障する」住宅政策への転換が求められている。
・「派遣切り被害者や震災の被災者がかわいそうだから救済する」というのではなく、福祉制度利用にまつわるスティグマをなくし、権利としての生存権を保障するという社会意識に転換していく必要がある。生活保護制度や各福祉制度の利用者が声をあげていくことによって、変革をかちとっていきたい。

(2011年8月刊行『根本から変えよう!―もうひとつの日本社会への12の提言』(オルタナティブ提言の会 著、樹花舎)所収)

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