野宿者とはどのような人たちなのか

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野宿者とはどのような人たちなのか?それは言うまでもなく「野宿状況に置かれている人々」である。では野宿状況とはどのような状況なのか?ここで一つのロールプレイを行なってみたい。「野宿状況を体験する」ゲームである。

まず、0から20までの好きな数を選んで、その数を2倍し、さらに35を足してもらいたい。それがこのゲームでのあなたの年齢である。どの調査でも野宿者の平均年齢はだいたい30代から70代に分布し、平均は55歳程度である(近年では20代の野宿者も見られるが)。

あなたは某ターミナル駅の構内で路上生活を強いられている。冬は寒いし、食べるものを確保するのも大変。しかも夜になるとガードマンが一時間おきに巡回してあなたを起こすので、十分な睡眠時間をとることもできない。あなたはなんとかして今の生活を抜け出したいと考えている。

そのあなたの前に、これから述べる4人の人間が現れる。あなたが野宿を本当に抜け出したいと願うのであれば、4人のうちのいずれかの指示に従ってほしい。

まず現れたのは福祉事務所の職員。あなたは生活保護法という法律があるのを思い出し、職員に相談しようとするが、その職員は言う。「当福祉事務所では、65歳以上の方か、重度の障害や疾病のある方しか生活保護を行なっていません。」(本来なら生活保護に年齢制限はないはずだが、「施設がないから」「長年そう運用してきたから」という理由で事実上の制限を設けている福祉事務所が多い。)

次に現れたのは手配師である。住所のないあなたは履歴書の住所欄を埋めることができないので、職安など正規ルートでの就職はほとんど期待できない。履歴書の不要な仕事と言えば、建設現場の日雇い仕事を手配師に紹介してもらう位しか方法がない。この手配師は「50歳以下で健康ならば、いい仕事を回す」と言っているが、あなたは野宿をしている仲間から「駅で声をかけられて仕事に行ったけど給料をもらえず、ただ働きさせられた」という話をさんざん聞いている。さてどうするか。

3番目に現れたのはなにやら親切そうな人である。話を聞くと、3食昼寝付きでただで泊まらせてくれるところがあるので、来てみないかと誘う。ところがよくよく話を聞くと、新興宗教の布教活動らしい。本当に飢え死にしそうになったら、こういうところに行くしかないのかな、とあなたは思う。

4人目は暴力団員。これも条件さえ飲んでくれれば、ただ飯を食わせてくれて、しかも30万円をくれると言う。条件と言うのは「戸籍を貸す」こと。どうやら偽装結婚に使うつもりらしい。そんなことをしたら一生、社会復帰ができなくなるような気もするが、目の前に大金をちらつかされて、あなたは考え込んでしまう。

最後に来たのはラーメン屋の店主。ホームレス問題を取り上げたテレビ番組を見て、かわいそうに思い、ホームレスを雇いに来たそうである。自分のところのラーメン屋で住み込みの仕事がある、健康な人なら何歳でもいい、とのこと。一日14時間労働で、日給4000円。食事は店で食べるので、一食につき1000円を給料から差し引くと言う。「このご時世に善意でホームレスを雇おうと言ってるんだよ。テレビのインタビューで、あんたたち、『何でもいいから仕事をしたい』と言ってたよね。」と店主は言う。

あなたが野宿から抜け出したければ、この5人の誰かについていかなければならない。年齢の条件があう範囲で、あなたは自分の選択を決められるだろうか?そして「誰にもついていかない」という道を選択した場合、あなたは「好きで野宿をしている」ということになるのだろうか?

以上は、私がいくつかの大学・高校などで実践した「野宿状況を体験するゲーム」の要約である。極端だと思われたかもしれないが、どれも私が東京・新宿の路上で実際に聞いた話に基づいている。野宿であるがゆえに野宿状況から抜け出せない、という悪循環。悪夢のような閉塞状況に追い込まれている人々がこの国に少なくとも3万人はいる。

私たちは新宿で、野宿の当事者・経験者と共に炊き出しや夜回りなど「仲間のいのちは仲間で守る」諸活動を続けると同時に、追い出しではなく野宿から抜け出すための対策を求める運動を続けてきた。野宿者問題の「解決」とは、野宿を強いられている一人ひとりを同じ社会の構成員と認めるところからしか始まらない、と私たちは考えている。路上の現実を直視し、そこから自分にできることを考える人が一人でも増えることを心から願っている。

(2004年5月『社会運動の社会学』(大谷裕嗣、成元哲、道場親信、樋口直人編、有斐閣)所収)

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