「生活保護は権利」を実質的に確立する仕組みづくりを~コロナ禍での貧困拡大に、扶養照会の根本的見直しが急務だ

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※初出:朝日新聞「論座」サイト 連載「貧困の現場から」 2023年3月24日

 

――突然のけがや病気で、医者からは数か月間の静養が必要だと言われている。所持金が尽きかけているので、仕事を探しているが、今の自分の体調だと雇ってくれるところがない。生活保護だけは絶対に受けたくないので、何か他の方法があったら教えてほしい――

遠慮する必要はまったくないと伝えても

生活困窮者支援の現場では以前から聞く話だが、今年に入り、このような相談をされる機会が増えてきている。そのたびに私たち支援者は、就労が見込めない状況で活用できる制度は生活保護しか存在しないこと、生活保護の利用は権利なので遠慮する必要はまったくないことを伝え、「せめて療養期間だけでも一時的に利用しませんか」と説得を試みているが、それが功を奏することは極めて稀である。

病を押して働けば、病状が悪化するのは火を見るよりも明らかだ。民間団体で当面の宿泊費や食費を支援することもできるが、その場しのぎにしかならない。ご本人が生活保護の申請を拒み続ければ、医療にもかかれなくなり、近い将来、生命に関わる事態に陥ることも容易に想像できる。

最近も、そのことを心配していると伝えた人がいたが、その相談者から返ってきた言葉は「生活保護は遺体になっても嫌」というものだった。私は二の句を継ぐことができなくなってしまった。

なぜ極限の貧困状態に至っても、生活保護の申請を拒むのか。

スティグマと扶養照会が申請を阻む

要因はさまざま考えられるが、特に私が生活に困窮する人たちと接していて感じることが二つある。一つは、生活保護利用者に対する「スティグマ(周囲から否定的な意味づけをされ、不当な扱いをうけること)」が大きな心理的ハードルになっていることであり、もう一つは扶養照会(生活保護の申請者・利用者の親族に行政が援助の可否を問い合わせること)が制度的なハードルとして存在していることである。

そして、その二つは相互に作用することで、制度利用を妨げる巨大な障壁となっている。生活に困窮している人は、スティグマゆえに行政が親族に連絡することを怖れるし、行政による親族関係への介入というプロセスを組み込んでいる制度であることがスティグマを増幅させるからだ。

スティグマをなくすために、行政が率先しておこなうべきことは「生活保護の利用は当然の権利である」ということを住民に周知する広報だ。

2020年12月、厚生労働省は公式サイト上に「生活保護を申請したい方へ」という特設ページを開設し、「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください」との発信を始めた。以来、厚労省の公式Twitterアカウントでも同内容のメッセージが何度か流され、SNS上でも話題になった。

地方でも、この厚労省サイトの文言を使って、住民への周知活動に乗り出す自治体が出てきている。
京都府京丹後市は「生活保護の申請は、国民の権利です」というタイトルのチラシを作製し、2度にわたって市内の全世帯(約2万400戸)に配布した。この取り組みは朝日新聞の記事にも取り上げられた。(「『生活保護は権利』自治体が全世帯に配ったチラシ、なぜ画期的なのか」朝日新聞デジタル

京丹後市のように住民に生活保護の利用を促す広報をおこなう自治体は、この2年間で少しずつ増えてきているものの、全国に900以上ある福祉事務所設置自治体のうち、チラシやポスターを作製し、積極的な発信をしているところは1~2%程度にとどまっている。

すべての自治体が「生活保護は権利」との広報に力を入れ、多様なツールを使って発信していけば、スティグマが低減していくのは間違いない。問題は自治体にその気があるかないかだ。

扶養照会の運用は一部改善されたが

もう一つの大きなハードルである扶養照会については、2年前に動きがあった。

申請者本人が親族への照会を拒む場合、その意思を尊重することを求める運用に変えるよう求める署名活動や申し入れ等が行われた結果、2021年春に運用が一部改善されたのだ。

厚生労働省が2021年の2月と3月の2段階にわたって発出した通知では、照会の範囲を援助が見込める親族に限定することや、DVや虐待のある場合には照会をしてはならないことが明確となり、本人が照会を拒む時には援助が期待できない場合にあたる事情がないか、丁寧に聞き取ることを自治体に求めている。

この運用改善を踏まえ、厚労省への申し入れをおこなった2団体(法律家らでつくる「生活保護問題対策全国会議」と、私が代表を務める「一般社団法人つくろい東京ファンド」)は、生活保護の申請者が自分の意思を書面で表明できる「扶養照会に関する申出書」と、個々の親族との関係をチェック式のシートで説明できる「添付シート」を作成し、これらの書式のPDFをネットで公開した。生活保護の申請を検討している人が、扶養照会を止めるためのツールを入手できるようにしたのである=生活保護の扶養照会の運用が改善されました!照会を止めるツール(申請者用、親族用)を公開しています(つくろい東京ファンド)

私たちのもとには、この2年間、実際にこれらの書式を用いて、扶養照会を止めることができたという声が何人もの当事者や各支援団体から届いている。だが、その一方で、改善されたはずの扶養照会の運用指針が現場レベルでは守られていない、という声を聞く機会も多い。

窓口で感じた「異常なまでの執念」

昨年12月27日、東京都江戸川区は扶養照会の文書を照会の対象ではない未成年者の中学生に誤って送付した事実があったことを認め、中学生と保護者に謝罪文を送ったと発表した。区は、戸籍謄本で対象者の生年月日を確認する作業を怠り、チェックが不十分だったとして、「今回の事態を受け、ご心配をおかけいたしました関係の皆さまにお詫び申し上げます。今後、このような事態が発生しないよう管理体制を再度見直し、再発防止の徹底を図ってまいります」という担当課長のコメントを公表した。

問題発覚後の江戸川区の対応は迅速であったが、本来、照会の対象から外されるべき親族にも機械的に照会文書を送付している例は他自治体でも枚挙にいとまがなく、今回の件は氷山の一角だと思われる。
つくろい東京ファンドのスタッフで、扶養照会に関する全国各地からの相談を一手に引き受けている小林美穂子は、明らかに親族に援助する見込みがない場合にも福祉事務所が照会しようとするケースや実際に照会してしまったケースをいくつも見聞きしてきたと語る。

「親が超高齢だったり、難病を患っていたりしている場合にも扶養照会をかけて親族に精神的負担を著しくかけたケースがありますし、亡くなっている親に照会をしたケースもあります」

「DVやストーカーの被害者で、住民票の閲覧制限をかけている人が生活保護を申請した際、福祉事務所の担当者が『やってみなければ、わからない』と加害者に照会しようとした悪質なケースもありました。異常なまでの執念を感じます」

玉虫色の通知が現場の対応を二分

厚労省の2021年春の通知は、「丁寧な聞き取りというプロセスを踏みさえすれば、本人の意思を飛び越えて自治体が親族に照会できる」と解釈される余地を残す内容であった。

小林は通知が「玉虫色」だった影響もあり、扶養照会の運用をめぐって、自治体の姿勢が大きく二つに分かれてしまっていると指摘する。

「生活に困窮して、生活保護を必要としている人たちに対して、まずはその人の安全と生活の再建を重視して、制度を使ってもらおうという姿勢の自治体と、『お前の嘘を暴いてやる。まんまと制度を使えると思うなよ』という姿勢の自治体の二つに大きく分かれてしまっています。後者は本人が『援助の見込みがない』と親族との関係や経済状況を説明しても、それをはなから信じてくれず、書面で説明しても、口頭でさらに詳しく説明しても、『調査しないと、わからない』と言って、困窮者を執拗に追い詰めています」

扶養照会の運用に地域間の格差が生じているという問題は、国会でも何度か取り上げられている。

昨年11月9日の衆議院厚生労働委員会では、宮本徹議員(日本共産党)が自治体によって親族への照会を実施する割合に大きな差が出ていることを指摘し、運用の見直しを求めた。

これに対し、加藤勝信厚生労働大臣は「照会率によって、適切な運用が行われているかどうか、これを一概に判断するのは難しい」としつつも、「現行の扶養照会の取扱いについて周知徹底を図りたい」と答弁した。

この点を踏まえ、今年3月17日に開催された厚労省社会・援護局関係主管課長会議では、厚労省の担当課が2021年の通知について改めて説明した上で、「こうした改正点も含めた扶養照会に対する考え方について、面接相談において相談者に誤認が生じないように努められたい」「各実施機関において丁寧な相談支援に努められたい」との注意喚起を各自治体におこなった。

首相も「考えていきたい」と言うなら

今年2月28日には、衆議院予算委員会の総括質疑において、森山浩行議員(立憲民主党)が生活保護制度を「入口は入りやすく、出口は出やすい」仕組みにすべきだと述べた上で、「扶養照会の副作用の大きさ」を指摘し、さらなる見直しを求めた。

この追及に岸田文雄首相は「自治体の運用について絶えず現実に合っているのか等を検討する中で、扶養照会のありようについて関係者の中で考えていきたい」と答弁している。

岸田首相は具体的にどういう場で検討するのかについては述べなかったが、「関係者で考える」と言うなら、ぜひ厚生労働省の社会保障審議会の中に扶養照会のあり方を検討する専門部会を設置することを私は提案したい。

検討にあたっては、生活保護の利用者、利用経験者、利用を希望したが扶養照会ゆえに断念せざるをえなかった人々の声も反映されるべきである。

コロナ禍での貧困拡大を踏まえ、厚労省や一部の自治体が「生活保護は権利」との広報を始めたことは大いに評価できるが、生活保護を申請する人がどれだけ拒もうとも、行政が本人の意思を飛び越えて、親族関係に介入することができるという仕組みが残っているままでは、制度利用が実質的な権利として確立されているとは言うことはできない。

政府は、さらなる改善に向けた議論を早く始めてほしい。

 

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