【2019年7月23日】朝日新聞「耕論:選挙戦で見えたものは」にインタビュー記事掲載

メディア掲載

2019年7月23日付け朝日新聞「耕論:選挙戦で見えたものは」に、稲葉のインタビュー記事が掲載されました。

https://www.asahi.com/articles/DA3S14108684.html

(耕論)選挙戦で見えたものは

■2019参院選

令和最初の参院選が終わった。衆参ダブル選挙を回避した与党の判断は功を奏したのか。野党の「共闘」はうまくいったのか。消費増税や年金の「2千万円」問題はどう影響したのか。「3分の2」を与えなかった民意に「改憲勢力」の次の動きは。この選挙を通じて、私たちに「希望」は見えたのだろうか。

社会運動からの課題提起、ようやく光 

稲葉剛さん(つくろい東京ファンド代表理事)  

今回の参院選では、野党が「2千万円問題」で与党を攻め立てる構図が見られました。年金だけでは老後の生活を支えられないのではないか、という有権者の深刻な不安を背景にした批判です。

2千万円問題があぶり出したのは、日本社会の「中間層」にあたる人々が経済的にやせ細り、その地盤沈下がいよいよ隠せなくなってきているという実態でしょう。実際、この十数年間に日本では、貧困の問題が拡大してきています。

選挙戦で示された野党の主張を見ていて以前と変わりつつあるなと感じたのは、住まいの問題に光が当てられ始めたことです。賃貸住宅で暮らす世帯への「家賃補助」が掲げられたり、低家賃の「公的住宅」を拡大する政策が訴えられたりしていました。持ち家を奨励する政策が中心で、賃貸住宅での暮らしを充実・安定させる政策が手薄だと言われてきた日本にあって、ようやく住宅政策の見直しが意識され始めているのです。

個々人の収入を増やす政策や生活保護などの福祉政策だけではもはや足りないことが明らかになり、生活の根幹である「居住」のありようを見直すことも必要だという認識が広がっている構図です。

振り返れば、日本社会で貧困の存在が可視化されたのは今から10年ほど前のことでした。派遣切りに遭った人たちを支援する派遣村が設けられ、注目を集めたことが契機になっています。

この10年間に起きた変化の一つは、絶対的貧困と呼ばれる問題の改善です。貧困に苦しむ人への支援が広がり、路上生活者がこの時期に約5分の1に減っていることが象徴的です。もう一つ起きたのが、相対的貧困の増大です。生活が苦しいと感じる人が増えてきたのです。相対的貧困の問題が深刻化したのは、政府の政策によって非正規労働が拡大されたことが要因だと私は見ます。目的は、企業の人件費負担を圧縮するためでした。

中間層に持ち家を持たせることを支援する従来の住宅政策は、正規労働者を中心とする「日本型雇用システム」の存在を前提にしていました。30年以上もの長期間にわたって住宅ローンを支払い続けられる労働者が必要であり、終身雇用と年功序列を特徴とする旧来の雇用システムが、それを支えていました。また住宅費と並ぶ重い負担である子どもの教育費についても、年功序列の賃金上昇でカバーできました。かつて老後が安定していたとすればそれは、ローンを払い終えた持ち家と、夫婦2人分の生活を支えられる年金があったからだと思います。

この旧システムの特徴は、住宅や教育への重い出費を各世帯が「賃金収入から払う」ことでした。しかし、それが成り立つ前提は2000年代を通じて崩れました。非正規労働が広がり、住宅費も教育費も賃金収入で担う方式の無理があらわになった。家賃負担にあえぐ世帯のために公的な家賃補助や公共住宅の充実といった政策が提示され始めたのは、そうした社会の変化を映したものです。

非正規労働の拡大によって従来の日本型雇用システムは崩壊しました。にもかかわらず、政治は人々の生活を支える新しい仕組みを提示できず、従来のシステムの手直しにとどまっています。こうした現状が、いま日本を覆っている行き詰まり感の根っこにあると思います。

社会をより良くしようと活動する人々と多く出会っていて少し不安を感じるのは、NPOや社会的起業による民間の創意工夫には高い関心を向ける半面、政府の政策を変えようとする動きが低調な傾向です。政治へのあきらめがあるのかもしれませんが、民間だけでは貧困は解決できません。貧困のような構造的な問題を解決するには、政府の巨大な力を活用して普遍的な支援の体制を築きあげていく作業がやはり欠かせないのです。

生活への公的な支援を充実させる方向に政府の役割を変えるべきだという異議申し立ては、参院選での議論にも表れたと思います。ただ、それが旧システムの終わりの始まりになるかは未知数です。投票率は低く、日本では自己責任論が広がり、社会としての連帯感は10年前より後退している印象さえあるからです。

先日、元ハンセン病患者の家族を支援する方向に政府が政策を転換しました。参院選を意識したものだと言われましたが、長年にわたる当事者や支援者の地道な活動があっての転換だった事実を忘れるべきではありません。日本では社会運動が弱いと指摘されますが、今回の転換から見えたのは、この社会にも「課題を設定する力」はあるという事実です。

問題は山積みですが、社会運動による課題提起の力を、野党の公約だけでなく現実政治の転換にまでつなげていければと考えています。(聞き手 編集委員・塩倉裕)

いなばつよし 1969年生まれ。つくろい東京ファンドなどを拠点に貧困解消の活動に取り組む。立教大学特任准教授(居住福祉論)。


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