祝!TVドラマ化!『健康で文化的な最低限度の生活』原作者、柏木ハルコさんとの対談
「週刊スピリッツ」(小学館)で連載中の人気マンガ『健康で文化的な最低限度の生活』がついにテレビドラマ化され、7月17日(火)から放映が始まります(毎週火曜日21時~)。
原作のファンとしては、原作の持つリアリティがドラマになっても保たれているかどうか、期待と不安が入り混じった思いで、ドラマのスタートを見守っています。
テレビドラマ化を記念して、2014年10月に行なった柏木ハルコさんとの対談を以下に再録します。
対談の冒頭でも触れられていますが、柏木さんはこのマンガの連載が始まる2年以上前から、当時、私が理事長を務めていたNPO法人自立生活サポートセンター・もやいに来られる等、生活困窮者支援の現場で取材を進めていらっしゃいました。私自身もインタビューを受けたり、知り合いのケースワーカーを紹介したりしています。
対談を読んで、原作者の思いに触れていただければと思います。
漫画家と活動家/ふたりの出会い
稲葉: 柏木さんとお会いしたのは、確か3年前ですかね、2011年震災後の……
柏木: 秋か冬くらいでしたかね。年明ける前の。
稲葉: その頃ぐらいに編集の方が連絡を取って下さって、新宿の炊き出しとか、もやいに来られて。それ以来、私も何度か取材を受けましたし、あと生活保護問題の関連の集会にいつも来ていただいて。
柏木: 私、最初「もやいはどういう活動してるんですか?」って聞いた時に、稲葉さんが「そこからですか」って答えたので、「ああ、すみませーん、恥ずかしい~!!」って。なんかもう、我ながらひどいなって思ったんですけど……。
稲葉: いえいえ。
柏木: 「もやい」はもっとビルみたいなところでやってると思っていたら、住宅街にある普通の民家で活動していて、ああ、こんな家庭的な場所でやっているんだって不思議な感じでした。
稲葉: 私に対する漫画家さんの取材って結構あるんですけど、柏木さんはあんまりガツガツしていなかったですね。それで、最初の取材が終わったあとも淡々とイベントのいろんな手伝いとかで継続的に関わって下さっていたので、半年くらいになると「いつになったら描くのかなぁ」と心配になって。
柏木: (笑)
稲葉: 今でこそ、淡々と積み重ねておられたのだなぁということがよく分かったのですが、当時はこれ、大丈夫なのかなぁ?って思っていました。
ケースワーカーが主人公?
稲葉: 早速ですが、なぜ今回、生活保護そしてケースワーカーを主人公にしたマンガを描こうかと思ったかというところからお話しを伺えますか?
柏木: はい。 何か、いろんなところでいろんなことを書いているので、どうだったか・・・(笑) 5~6年くらい前に、ある相談機関に勤めている友達がいて、仕事の愚痴を聞いていたら、いろんな人がいろんな相談をしに来る仕事は面白いなって漠然と思っていました。それで、震災のあとくらいからでしょうか。自分は今まで、自己表現ということだけやってきたんですけど、社会に目を向けなきゃいけないなって気持ちにだんだんなってきたんですね。
稲葉: それで生活保護を描こうと?
柏木: はい、生活保護って社会のいろんな問題が集約している場所だって思ったんですね。だから、マンガにしたらいろんなドラマを作れるんじゃないかなって。ケースワーカーを主人公にしようと思ったのは、あれは「新人」ケースワーカーなんですね。生活保護のこと、私も知らないし読者も知らないので、全く知らないところから「いろんな人がいるんだな」と同じ立場で分かっていくことができるかな、と思ったので。
稲葉: なるほど。
柏木: 最初、5人新人ケースワーカーを出したんですけど、かなり最初の頃は青春群像にして、いろんな人がいろんな風に思うという形にしたかったんです。結局は彼女(義経えみる)が主人公になっていますが、最初はもっとバラける予定だったんです。
稲葉: そうなんですか。
柏木: はい。でも、生活保護っていろいろ描くことが多すぎて、5人の青春群像なんかとても描けないっていう風になって、現在の形になっています。でも、キャラクターそれぞれに思い入れはありますし、ぼんやりと何人かがモデルになっていたりっていうのはあります。生活保護を受給している方もそうなんですけど、ケースワーカーも実際どういう人がやってるのか全然想像ができなかったので、イメージを掴むのに時間掛かりましたね。
長期に渡った取材の理由
稲葉: 2011年の暮れから取材を始められて、結構長かったですよね。2年半以上ですか?
柏木: そこから考えるとそうですね。まぁ、大体2年くらいって言ってるんですけど。
稲葉: かなり突っ込んだ取材をされてきて……
柏木: やっぱり、取材にすごい時間が掛かったのが想定外で。最初は勉強すればいいだろうと思っていたんですけど、本を読んでもお会いしないと想像できないんですね。会った人でないと画に起こせないし、雰囲気も出せないし。そもそも最初が知らなさすぎたので、どうやって取材していいかも分からなかったんですね。まず、ケースワーカーに知り合いが一人もいなかったので、稲葉さんに一人紹介していただいて。でも、その最初に紹介していただいた方は、もう会った瞬間に「(マンガに描くのは)無理だと思います」って。
稲葉: え、そうなんですか?あの人が?(笑)なんでまた。
柏木: 本当のことは描けないとか……。
稲葉: ああ、プライバシーの問題ですね。
柏木: あと、「取材でもみんな本当のことを喋ってくんないと思うよ」とも言われました。ただ、そう言いながらもその方は、高校生のバイトの不正受給の話などバーッといろいろ喋ってくれたあと「じゃっ!」って感じで帰って行かれて(笑)。
稲葉: ご存じの通り、もやいのような民間相談機関を通じて当事者の方の取材をされていると、ここは福祉事務所側と協力する場面もあるけれど、対立する場面も多い現場なんです。柏木さんは受給者側と福祉事務所側両方の取材をされていますが、見方の違いやスタンスの取り方で悩まれたりしましたか?
柏木: それはずっと悩んで、今でも悩んで、多分これからも悩むことなんだと思うんですよね。一つの事柄でもこっちから見るのとあっちから見るのでは、受け取り方が全然違うので。例えばケースワーカーの人が「あの人、何も喋ってくんない」と言っている当事者の方がいても、当事者から言わせれば「あんなこと言われたら何も喋れない」と思ってる。そういうすれ違いを、なるべく両方から描きたいなというのはありますね。
稲葉: なるほど。
柏木: もちろん、私がどちら側だけになりたくないなというのがあるんですけど、読者もいろんな方がいろんな見方をすると思うんですね。だから、いろんな人が「自分の意見もここに入ってる」と、そう思えるようにしたいなと。難しいですけどね。100%客観なんて無いと思うんで。
感情のメディアとしてのマンガ
稲葉: この前の社会保障関連のイベントでインタビューを受けられていて、その中で「マンガってのは感情にスポットを当てたメディアだ」とお答えになっていて非常に印象的だったんです。私たちは支援者であり活動家なので、割と生活保護問題っていうのを俯瞰して喋ることが多いんですけど、柏木さんのマンガは主人公や当事者がこの時にどう感じたののかがすごくリアルに描かれていると感じました。感情にスポットを当てることで、どっちが正しくてどっちが正しくないっていう視点ではなく、「現場のリアル」を伝えられているのかなと読んだのですが。
柏木: はい、そういう風にしたいなって思っています。うまくいってるか分からないですけど。やっぱりマンガの面白いところって、感情が動くところがドラマになるので、そこをどう物語に盛り込んでいくかなぁ……と思っています。マンガだから、やっぱり面白くないと読まれないので。イベントの時も言ったんですけど、一人一人の人間は、生活保護を受けていようが、一括りにできないと思うんです。私も取材していく中で、こんなにいろんな人がいるんだって結構びっくりしたんですね。
稲葉: まったくその通りですね。
柏木: まとめて総論、「生活保護受給者ってこうだ。こういう人たちだ。」って、絶対に言えない。だから、ケースワーカーも一人一人に向き合っているので、結局その人とのコミュニケーションってことでしかないと思うんですよね。
稲葉: 福祉事務所の担当ケースワーカーと利用者・受給者っていう、そこのあり方がすごく描かれていていると感じました。コミュニケーションしようとするんだけど、お互いの力関係だったり制度によってコミュニケーションがうまくいかなくて断絶する様子がすごくリアルに描かれている。その両者がどうやって乗り越えていくのかみたいなところも一つのテーマになっているのかな、と思っているのですが。
柏木: 総論ではない、一人一人のコミュニケーションのマンガっていう感じで描きたいというのはすごくあります。
長い長いタイトルの話
稲葉: このタイトルはいつ思いついたんですか?
柏木: これはかなり最初の方で、生活保護をマンガにしようと思った直後です。なんかキャッチーな感じがしたし、覚えやすいかなぁということもありましたが……。取材を進めていく中で、最終的なテーマは人権ってことになっていくのかなぁと気づいたので、このタイトルで良かったと思っています。結局は、このタイトルの意味を考えるマンガなのかなって。ただ、それは連載をずっと進めてみないとわかんないですけどね。
稲葉: 「健康で文化的な最低限度の生活」っていう憲法第二五条・生存権の言葉が繰り返されるわけですけど、それ自体が一つの問題提起「健康で文化的な最低限度の生活」って何?という問いかけになっているというのはすごいなぁと思いました。そうか、この手があったかと。自分の本を書くときにこうすれば良かったかなと。(笑)
柏木:やっぱりこう、パッと文字にした時に、マンガですからね、印象に残るのがいいって思ったんですよね。
稲葉: 残りますねぇ。
柏木: よく、どうやって略してるのって聞かれますけどね。
稲葉: 編集部では何て言ってるんですか?
柏木: 最終的には今、「健康」って感じで。長すぎるんで。デザイナーさんは「健文最生」って呼んでますね。
稲葉: 健文最生!それはすごいな。
気になる今後の展開は……
稲葉: 差支えない範囲で、今後どう展開していくのかを聞かせていただけますか? 今、第2クール目でしたよね。第1クールが就労支援の話で、第2クールで不正受給の問題という非常にホットな問題を取り上げているんですけど、今後はどのように展開していくんでしょうか?
柏木: これは……言っちゃっていいのかな?(笑) 生活保護っていうと、やはり就労とか不正受給ってホットな話題で、もう一つホットな話題が、扶養義務なんですよ。そこは早めに行きたいなっていうのがあるんですけど。
稲葉: 生活保護バッシングが拡がる中で、割と一般的な人たちが普通に持ってしまっている疑問があって、柏木さんのマンガは、敢えてそこに切り込んでるなっていう感じは持ちましたね。
柏木: そうですね、やっぱり読者が興味のあるところを描いていきたいというのがありますね。不正受給を描きたいのはそういう理由なんですけど。あと、就労支援編を一番最初にやったのは、ほとんどの人が「あいつらどうして働かないんだ」って思ってるってことから、興味あるかなって思って一発目はあれで行ったんです。
稲葉: なるほど。
柏木: 細かいことで取り上げたいこともいっぱいあるんですよね。依存症の人のこととか、住まいのこととか。住まいの問題もどんどん新たにいろんなことが起こってますし。でも、住まいの問題で活動してらっしゃる稲葉さんの動きを見ると、取材して載るまでの間に、もう状況がめまぐるしく変わってるんじゃないかとも思っています。
このテーマに「踏み込む」
稲葉: さきほど、「最終的には人権になる」っておっしゃいましたけど、私も人権を「人権」という言葉を使わないで表現するって、すごく大変だなっていつも感じています。
柏木: そうですよね。分かります、すごく。
稲葉: 人権は大切だって言っても、本当の大切さは伝わらないじゃないですか。学校の校長先生の朝の挨拶みたいになっちゃうので。本当にそれが大切だということを伝えるためには、すごく微に入り細に入り暮らしを描くしかないという気がしているのですが。
柏木: 人権って、普通に生きていると空気みたいに当然あるものだって気がしちゃうので、それが奪われたらどんな大切だったか分かると思うんですよね。空気なかったら生きていけないので。日頃、普通の家庭で普通に育ってきたら気付かないで済んでしまうと思うんですよ。
稲葉: そうですね。
柏木: だから大切さに気付かない人は多いし、考えなかったり、どうでもいいって思ってる人はたぶんいっぱいいると思うんです。私も正直、このテーマに取り組む前はそういうところがあったんですけど。でも、奪われた時にすごく困ることなので、そこのせめぎあいなんですよね。まだ、そこまで踏み込んだ描写っていうのはしてないんですけどね。
稲葉: 是非、長期連載して踏み込んで下さい!
柏木: そうですねぇ。人権って、こう、認めようと社会が合意するまですごく大変だったと思うんですよ。昔の、明治時代みたいなところから考えたら、人権ってものを認めようとなるまで、人間ってすごく苦労したと思うんです。
稲葉: ヨーロッパなんかだと血で血を洗うような歴史があって……
柏木: その結果、獲得したものですよね。
稲葉: 日本の場合はそれを数十年でやろうとしているっていうことなんで、上滑りになっちゃうのかなって感じますね。
柏木: でも、やっぱり絶対大切なものだと思うんですよね。獲得するまでの大変さを思うと、大事にしなくちゃいけないんじゃないかなっていうのはありますね。
稲葉: ただ、その伝え方で私もいつも悩むことではあるんですけどね。ともすれば私の本を見ていただければ分かるように、漢字ばっかりになっちゃうんですよ。
柏木: あはははは(大笑)
稲葉: 分かりやすく伝えようと努力はしているんだけど、どうしても漢字で伝えた方が、伝える側にとっては伝えやすく、そこに頼ってしまうところがあります。受け取る側がリアルにイメージできるようにどう伝えたらいいかというのがすごく課題だと常に思っていて。そういう意味でも、柏木さんのマンガは、私たちが日ごろ伝えようとしながらも、できないでいるメッセージが伝わりにくい人たちにも伝わるような形で描いてらっしゃるので、すごく感謝はしています。
柏木: ありがとうございます。
2014年10月、つくろいハウス事務室にて。
2018年7月14日