安保法制は戦争のための人材調達システムを生み出し、私たちの社会を決定的に変質させる。

提言・オピニオン

国会では安保法制の審議が進んでいます。報道によると、与党は来週にも衆議院特別委員会での強行採決を準備していると言います。

安保法制が通ってしまった場合、自衛隊の活動範囲は地球の裏側まで広がることになります。米軍など他国軍への軍事的な支援も実施されるようになり、自衛隊が海外で戦闘に参加したり、巻き込まれたりするリスクは高まることになります。

自衛隊員のリスクに関する野党議員の質問に対して、政府は一貫して「リスクは増大しない」と否定してきましたが、6月12日、中谷元・防衛相は衆議院特別委員会で、「法律に伴う(自衛隊員の)リスクが増える可能性はある」と認めました。

また、自衛隊員が海外活動によりPTSDなどの精神疾患を発症する可能性についても、中谷大臣は6月15日の特別委で「海外派遣は過酷な環境での活動が想定され、隊員の精神的な負担は相当大きい。PTSDを含む精神的な問題が生じる可能性がある」と認めた上で、「隊員のストレス軽減に必要な措置を講じ、メンタルヘルスチェックを常に行いたい」と述べました。

野党の追及により、自衛隊の活動拡大に伴う隊員のリスクを政府も認めざるをえなくなっています。

安保法制が成立して、自衛隊の海外派遣が常態化してしまえば、自衛隊は人員を大幅に増やす必要に迫られます。
しかし、隊員が命を落としたり、精神疾患に罹患するリスクが高まれば、人材の確保は困難になっていくでしょう。

政府はそうなることを見越して、自衛隊員のリクルートシステムをさらに強化していくでしょう。
以下は昨年7月に集団的自衛権を容認する閣議決定がなされたことを受けて書いた記事ですが、ここでも指摘した「経済的徴兵制」、「赤紙なき徴兵制」が強化されるのは必至だと考えます。

集団的自衛権容認で「赤紙なき徴兵制」が強化されるのか?

すでに様々な方から、自衛隊が高校生への違法な勧誘をおこなっていることや、奨学金の返済延滞者に防衛省のインターンをさせようとする動きがあることが報告されています。

高校3年生の子どもに自衛隊から「赤紙」届きました(※「赤紙」=「赤紙なき徴兵制」「経済的徴兵制」)(井上伸)

【田中龍作ジャーナル】「経済的徴兵制」 日本学生支援機構・委員がマッチポンプ

安保法制が通れば、こうした動きは一気に加速化し、全国津々浦々で自衛隊員をリクルートしていくシステムが張り巡らされることになるでしょう。
生命を失う「リスク」があることを前提に、常に人員を補充していくためのリクルートシステムが出来上がるのです。
その主たるターゲットとなるのは貧困家庭の子どもたちです。

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戦闘に駆り出されるのは自衛隊員だけではありません。
ジャーナリストの吉田敏浩さんは、自衛隊の海外での軍事活動には「輸送、装備の修理・整備、通信機器の設置・調整、物資の調達などの面で、幅広い民間企業のサポート」が必要であることを指摘し、過去のイラク派遣やインド洋派遣でもさまざまな民間企業が自衛隊の活動をサポートしてきたことを指摘しています。

戦争の足音 第26回 安倍政権の「戦争法案」を考える(2) 民間も戦争協力に組み込む (吉田敏浩)

戦争の足音 第31回 安倍政権の「戦争法案」を考える(7) 密かに進んできた自衛隊支援の”戦地出張” (吉田敏浩)

こうした民間企業の自衛隊支援は、形式上、政府が企業に協力を要請する形を取りますが、それぞれの企業で働く社員にとっては業務命令を断るのは難しいため、強制に近い意味を持つでしょう。

このように安保法制に伴う自衛隊の海外派兵拡大は、防衛省を中心に学校や企業を巻き込んだ「戦争のための人員調達システム」を必然的に生み出します。
「精神疾患になる可能性が高い」、「死亡するリスクが高い」ことを前提に人を集めることは、ある意味、社会全体が「ブラック企業」化してしまうことを意味します。
そのことは、私たちの社会を平時から決定的に変質させるでしょう。

この夏、私たちの社会はそうした岐路に立っているのです。

 

国会周辺では安保法制に反対する抗議行動が連日のように行われています。

私も一人の市民として、行動に参加していきます。皆さんもぜひご参加ください。

戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会

自由と民主主義のための学生緊急行動

制度の狭間で孤立する低年金の高齢者をどう支えるのか(追記あり)

提言・オピニオン

2013年の大晦日、私の携帯に病院から電話がかかってきました。私が入院時に緊急連絡先になった70代のUさん(男性)が危篤状態にあるという内容でした。

その数時間後、Uさんは亡くなりました。病院関係者によると、内臓疾患のために入院していたUさんはその日、どうしても家に帰ると言い張り、看護師の静止を振り切って一時帰宅したと言います。夕方、無事に病院に戻ってきたのですが、すぐに病状が悪化。帰らぬ人となりました。Uさんが帰宅したかった理由は「部屋に置きっぱなしの現金が気になるから」。入院が長引き、医療費が支払えなくなることを心配したのでしょう。最後までお金の心配をし続けた人生でした。

Uさんとの出会いは十年以上前にさかのぼります。当時、渋谷で路上生活をしていたUさんは、ちょうど年金を受給できる年齢になり、アルバイトと年金の収入をあわせて、家賃が約3万円のアパートに入りました。その入居にあたっての保証人になることを頼まれたのです。

数年後、体調を崩したUさんはアルバイトを辞め、年金収入のみで生活をするようになりました。しかし、年金の金額は月額11万数千円ほどしかなく、ぎりぎりの生活を強いられることになります。2ヶ月に一度の年金の支給日の直前には、いつも「生活が苦しい」と訴えていたのを覚えています。

 生活保護を利用できない低年金の高齢者

私は何度かUさんの相談にのり、Uさんが生活保護を利用できないか検討しました。

しかし、70代単身の生活保護の基準は「現在住んでいるところの家賃額に7万数千円をプラスした金額」であり、何度計算をしてみても、Uさんは収入オーバーで、ぎりぎり対象にならないことがわかりました。生活保護の適用には医療費も考慮されるので、医療費も計算に入れてみたのですが、それもダメでした。

生活保護の基準は、よく13万円程度(東京の単身者の場合)と言われますが、これは家賃が上限額(53700円)かそれに近いアパートに住んでいる場合の基準になります。実際の基準は、その世帯の住宅費がいくらかかっているかによって変わります。Uさんの場合、家賃が高いところに住んでいれば、生活保護の対象となったはずですが、家賃が安いアパートに入ったために制度から排除される、という結果になったのでした。

さらに付け加えると、かつては70歳以上の生活保護利用者には月1万数千円の老齢加算がありましたが、この加算は2004年度から段階的に廃止されてしまいました。老齢加算があった時代なら、単身の高齢者の基準は「家賃プラス約9万」になるので、Uさんも生活保護を利用できたはずなのですが、老齢加算が廃止された結果、Uさんのような年金生活者は生活保護から排除されてしまったのです。

2013年8月からは、ほぼ全世帯で生活保護の基準が段階的に切り下げられてしまいました。これにより、低年金の高齢者はますます生活保護から遠ざけられています。

年金収入があっても、就労収入があっても、収入が基準以下で、活用できる資産がないなどの要件を満たせば生活保護は利用できるのですが、基準が下がると収入要件の幅が狭まってしまうのです。

私は何度かUさんの相談にのり、最終的には安いアパートから転居した上で、生活保護を申請する方法を考えました。しかし、その準備をしている間にUさんは体調を悪化させて入院し、そのまま亡くなられたのです。

年金

私はこれまで20年以上、生活困窮者の相談・支援活動をおこない、生活保護制度を利用することで生活を再建できた例を数多く見てきました。しかし、その一方で、一番対応に苦慮してきたのは、Uさんのようにぎりぎりで生活保護を使えない低年金の高齢者でした。

それは、月の年金額が「家賃プラス約8万円くらいの金額」の人ということになります。

日弁連は独自にまとめた生活保護法の改正案の中で、住宅費や医療費などの援助をもっと柔軟な基準で支給できるよう提言しています。パッケージとしての生活保護制度全体は利用できなくても、住宅のみ、医療のみといった支援がもっと柔軟に受けられれば、制度の狭間はなくなっていくはずです。

※日弁連「生活保護法改正要綱案」

年金額・家賃額と事件の起きた日付けは何を意味するのか

私がUさんのことを思い出したのは、6月30日に東海道新幹線で焼身自殺を図った男性の生活状況が徐々に明らかになり、彼の年金額が約12万、アパートの家賃が約4万であると知ったからでした。

当初、年金額が12万円とだけ聞いた時は、生活保護の対象になったのかもしれないと感じたのですが、部屋の家賃が4万円だと知り、彼もまたぎりぎりで対象外だったのかもしれないと考えるようになりました。

詳しい状況を踏まえないと何とも言えませんが、彼もまたUさんのように制度の狭間にいた高齢者だったのかもしれません。

また、彼が6月の最後の日に事件を起こしたのも、家賃の支払いと関係があったのかもしれないと感じました。報道によると、6月分の家賃を滞納していたようです。

通常、アパートの家賃は前月の末に払うので、6月末を過ぎると、7月分の家賃も滞納となり、家賃滞納が2ヶ月目に突入してしまいます。

アパートの入居者は借地借家法で定められた居住権があるので、本来、2ヶ月程度の家賃滞納では部屋を退去しなくてもいいのですが、そういった知識を持っていないと、「2ヶ月滞納が続いたので、もう退去しないといけない。ホームレスになるしかない」と感じたとしてもおかしくありません。

生活困窮の末に、家を失ってしまうという絶望感が、あのような行為の引き金になった可能性があるのではないでしょうか。

結果的に火災を発生させ、多数の死傷者を出した彼の行為は許されるものではありませんが、事件の背後に何があったのか、どうすれば悲劇をなくせるのか、私たちは考えていく必要があります。

【追記】

新幹線で焼身自殺をした男性の経済状況について、元福祉事務所職員の田川英信さんが国民健康保険料等を勘案すると 「保護の対象になる可能性が高いです」と指摘されています。田川さんのコメントは、みわよしこさんの記事に掲載されています。

下流老人の新幹線焼身自殺は、生活保護で防げたか|生活保護のリアル~私たちの明日は? みわよしこ|ダイヤモンド・オンライン

ご参考にしてください。

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