公営住宅での強制退去に伴う悲劇をなくしていくために

提言・オピニオン

昨年9月24日、千葉県銚子市の県営住宅に住んでいた母子世帯が、家賃滞納を理由に明渡訴訟を提起され、その判決に基づき強制退去を求められた日に、中学生の娘を殺害し自分も死のうとする、という痛ましい事件(無理心中未遂事件)が起こりました。

生活に困っている人が安定した住まいを失い、ホームレス状態になってしまうことは、生活困窮の度合いがさらに深まると同時に、当事者に多大な精神的なダメージを与えます。今回の事件は「ホームレス化」という現実がもたらした絶望感が引き金になったのではないか、と私は考えています。

事件当時の報道によると、この母親は2013年4月に銚子市市役所を訪問し、医療費について相談をしていたようです。その場で、生活保護の制度に関する説明を受けていたそうですが、申請には至っていません。

一方、県営住宅を管理する千葉県は部屋の明け渡しを求めて裁判手続きを進めていましたが、福祉部局との連携は行なっておらず、家賃減免制度を促すこともしていませんでした。

この事件に関して、1月19日、弁護士や市民グループでつくる「千葉県銚子市の県営住宅追い出し母子心中事件の現地調査団」(団長・井上英夫金沢大学名誉教授)が、千葉県と銚子市に公営住宅の家賃減免制度の周知徹底などを求めて申し入れをおこない、記者会見を開催いたしました。

写真 (57)

申し入れの内容は下記をご覧ください。

私が世話人を務める「住まいの貧困に取り組むネットワーク」も調査団に加わり、申し入れに参加しました。

調査団が調べたところ、千葉県内の県営住宅入居者のうち、家賃減免対象者が11616世帯(2013年度)もいるのに対し、減免を実施したのはわずか1961世帯(2014年3月末現在)と2割に満たないことがわかっています。

今回のような悲劇を繰り返さないために、各行政機関が縦割りの壁をのりこえて、生活に困窮している人を必要なサービスをつなげていくことが求められています。

この申し入れについての記事が、1月20日付け東京新聞千葉版に掲載されたので、ご参考にしてください。

*東京新聞:生活保護など「改善を」 弁護士ら申し入れ 銚子の心中未遂受け

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2015年1月19日

千葉県知事 森田健作 殿
千葉県県土整備部住宅課長 殿
千葉県健康福祉部長 殿
銚子市長 越川信一 殿
銚子市福祉事務所長 殿
銚子市保険年金課長 殿
銚子市住宅課長 殿

県営住宅での強制退去に伴う母子心中事件の対応についての要望書

    千葉県銚子市の県営住宅追い出し母子心中事件の現地調査団
自由法曹団/全国生活と健康を守る会連合会/
中央社会保障推進協議会/住まいの貧困に取り組むネットワーク

2014年9月、千葉県銚子市内に所在する千葉県営住宅の入居者(母子世帯)が、家賃滞納を理由に明渡訴訟を提起され、その判決に基づき強制退去を求められた日に、中学生の娘を殺害し自分も死のうとする痛ましい事件(無理心中未遂事件)が起こりました。
この事件の経緯について千葉県、および銚子市の対応は、後記のように問題があると考えられるので、緊急に以下の対応をおこなうよう要望します。

1.県は、県営住宅の入居者に対し、家賃の減額制度があることを、十分に周知させること。

2.県は、家賃の滞納者に対し、入居者の置かれた状況を確認し、家賃の減額制度や他の社会福祉制度が利用できる場合には、その制度を丁寧に滞納者に対して説明すること。また、この説明は手紙や文書だけでなく、民生委員などと協力してできるだけ訪問することより、対面で説明を行うこと。

3.県は、民間賃貸住宅よりも低額な県営住宅を家賃滞納で退去させられた入居者の多くは、ホームレス状態にならざるを得ないことを認識し、退去後の生活ができることを十分に確認するべきであり、明渡訴訟は最後の手段とし、安易にこれを提訴しないこと。

4.市は、保険証を失効する、水道料金を長期間滞納するなど生活困窮の様子が見られる市民に対し、利用できる社会福祉制度を丁寧に説明し、申請意思があるかどうかを確認すること。仮に申請意思が認められない場合でも、長期間の家賃の滞納や保険証の失効など職権保護が妥当と判断される場合には本人からの申請がなくとも生活保護を利用させること。なお、誤った説明により、生活保護が利用できないと思わせる言動は間違っても行わないこと。

5.県と市は、県営住宅の入居者が生活に困窮していることを認識した場合、互いに情報を伝え、市からも県営住宅の家賃の減額制度の説明をしたり、県からも利用できる社会福祉制度を説明をすること。

6.県と市は、今回の事件の事実経過を明らかにし、再発防止のためにいかなる措置を採るべきか検討し、その防止策を県民、市民に公表すること。

<千葉県および銚子市の対応の問題点>

報道によれば、入居者の母親は、県営住宅の家賃の減額ができる程度の収入しかなったとされています。しかし、千葉県では、この母親に対し減額の申請を促すような対応をした形跡はありません。そもそも、一般の民間賃貸住宅よりも低額な県営住宅の家賃すら支払えない場合には、生活に必要な収入が減少しているか、なくなっていることが予想され、極度に困窮している状況にあることは十分に考えられることです。このような場合、安易に明渡訴訟を提起するのではなく、生活困窮していないかどうかを確認し、生活困窮していることが確認された場合には、家賃の減額の申請や利用できる社会福祉制度を伝えるべきです。

また、千葉県では入居者と接触しないまま明渡訴訟を行うケースもあると報道されています。生活に困窮している入居者は、相談先さえ分からない場合や、不安定・低賃金、劣悪な労働条件の雇用で、仕事を休むと給与が減額されるなどの恐れがあることから相談に行く時間すら作れない場合が多くあります。家賃を長期間滞納している多くの入居者もそのままの状態でいいと思っているわけではなく、何とかしなければならないと思いながらも、上記のようなことからどこにも相談にいけない状況に置かれていることを予想して措置をとるべきです。

さらに、報道によれば、2013年4月にこの母親は銚子市保険年金課に保険証再発行の相談に訪れた際、保険年金課の職員は生活保護の申請を勧められ、生活保護の相談をしていますが、結局生活保護の申請には至っていません。本来、福祉事務所は生活に困窮している者に対しては、申請の有無にかかわらず職権で保護を開始するべき責任を負っています。

低額な県営住宅の家賃さえも支払えず、保険証を失効し保険年金課に保険証の再発行の相談をしていること自体で生活困窮は明らかです。このような場合にまで「申請がなかったから」との理由で保護を開始しないことは、生存権を尊重していないと言わざるを得ません。

このような問題点が多々見られることから、緊急に前記の要望を行うものです。

以上

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