子どもたちと野宿者の出会いの場をつくる

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「みんなに聞きたいんだけど、豊かの基準ってどこにあるの?社会全体が○になれば豊かなのか、それとも少し×や△があっても豊かって言えるの?」

2000年11月25日、東京都町田市の市立和光中学二年一組の教室では活発な議論が行われていた。テーマは、「日本は豊かか?―ホームレス問題から見えてきた日本」。このクラスでは「総合学習」の授業で半年以上、このテーマについて班ごとの学習や討論を重ねてきた。新宿中央公園に行き、野宿の当事者にインタビューしたり、野宿者にゆで卵を配って歩くボランティア活動に参加した班もある。「失業してもホームレスになるという自由な道があって逃げられる」から「豊かだ」と主張する男の子に、野宿者の話を聞いてきた女の子が「仕事をしたいのに仕事がなくなるということ自体、豊かじゃないと思う」と反論する。一時間に及ぶ議論は結論が出なかったが、公開授業を参観していた私は中学生たちの考えの深さに驚いた。

頻発する野宿者への襲撃事件に何とか歯止めをかけていきたい、という思いから私が「野宿者・人権資料センター・体験交流班」(当時)の活動を始めて、もう二年半になる。野宿の当事者や経験者が学校の授業に参加して自らの体験を語る。また中高生たちに野宿者の暮らす公園に来てもらい、直接話をしたり、ボランティア活動に参加してもらう。交流の輪は徐々に広がり、今では路上でのボランティア活動に十代の子どもたちが参加する姿も珍しくなくなってきた。

「普段暮らしていると、絶対に自分からホームレスの人たちに声をかけることはないと思う。いつも、何を考えているのだろう、人生を捨てたんだ、と思っていたけれど、話したこともないくせに、そんなことを思ってはいけないし、自分の方がズルイと思った」(都立小山台高校一年女子)

「ぼくは、初めまさか、元ホームレスの方々が来てくださるとは、思ってもいなかった…。そして、来てくれてもやはり、元ホームレスの方々は、この中学生に対して、いい目で見てくれないと思っていた。なぜなら、このごろ、ホームレスに対するいやがらせをする中学生をよくニュースや、新聞で見るからです。ぼくは、同じ中学生にこんなひどいことをする人がいると思うだけで、ホームレスの方々に心からあやまりたいという気持ちが、体じゅうにわきました」(文京区立第十中学二年男子)

石を投げるのでも無関心を装うのでもなく、言葉を交わすこと。その瞬間から子どもたちは、目の前にいる人が「ホームレス」という一語でひとくくりにできる存在ではなく、一人ひとりの人間であることに気付くはずだ。同世代が起こしている野宿者襲撃をわが事として受けとめる子どもたちが増えていくことを願わずにはいられない。

【追記】学校現場で野宿者の人権問題を取り上げる取り組みは各地に広がり、2008年には「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」が結成された。同ネットは中学・高校などで活用できる教材DVDや書籍の制作、各地の教育委員会などへの働きかけをおこない、稲葉も同ネットの理事として活動に参加している。
http://class-homeless.sakura.ne.jp/

(2000年12月15日付『ふぇみん』に掲載)

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